477・僅かな力

 ぐらりと揺れたクーティノスの身体。すぐさま体勢を立て直したところからすると、あまりダメージは入っていないみたいだ。

 やはり、アーマーゴレムと同じくらい硬いというわけね。


 一応魔導を放つ事が出来るのはわかったけれど、あまり効果的ではない。恐らく、私の魔力が枯渇するのが先だろう。


「ふ、ふん、驚かせおって……その程度でクーティノスの防御が崩れる事はない! 観念して死ね!」


 ダークエルフ族の老人は吠え立てるけれど、そう簡単に死ねるわけがない。振り下ろされた爪をかわし、牙を跳んで避ける。


「【イグニアンクス】!」


 現れたら炎は幼児のような姿をしていて、どう見ても威力が足りないそれを飲み込んだクーティノスは平然と爪を振り上げてきた。

 引っ掻き、噛みつき、切り裂く――原始的な攻撃ばかりだけど、それに隙を見出せない。いや、正確には意味がない隙しか見つけられない。


 決め手が足りないのだ。今の私が【人造命具】を呼び出しても使い物にならない。魔導は今みたいに致命傷にはなり得ない。決定的に足りない。頭を感じる動物ならいくらでも急所を突くことが可能だけど、こんな鉄の塊のどこに弱点があるかなんてさっぱりわからない。魔石を砕けばまだ勝機が掴めるのに……。


 今はファリスがある程度回復するのを待つしかない。


「何をやっている! クーティノス!! その小娘を噛み砕け!!」


 先程までの喜びようが嘘のように苛立ちながら叫んでいる老人。あのまま頭に血が昇って死ぬんじゃないかな? とか思える程度には心に落ち着きを与えてくれた。

 ちらりとファリスの方を見ると、どうやら傷は癒えてきているようだ。まだ動くには時間が――


「――っと!」


 薙ぎ払うように振り抜かれた爪が私の頭上を横切る。はらりと少しだけ切れた黒髪が落ちていく。ダークエルフ族にとってはそれだけで喜ぶべきことなのか、時折視界に映る彼ははしゃいでいるように見えた。


「【コールドレイン】!」


 氷の雨を降らせて動きを制限しようとするのだけど、この魔導は不発で終わってしまう。これにも大分魔力を使ったのだけれど、一つ一つの内包する魔力が少ないと、発動すらしないという訳か。となると【レフレルクス】なんかの複数の攻撃を同時に展開する系統の魔導は消されてしまうという事になる。


 となると――


「【トキシックスピア】!!」


 毒性の強い槍の魔導。魔力を注ぎ込んで作られたそれは、毒々しい液体で作られていて、片手で収まるような形をしている。クーティノスは一切それを気にせず、私に向かって牙を剥いて襲い掛かってきた。

 この程度では足止めにすらならないとでも言いたげだ。


「ふ、ははは! クーティノス相手に毒の槍など……愚か! 実に愚かだな!」

「言ってなさいよ」


 こんな限定された空間じゃなかったら、暴走なんて気にせずに魔導を発動出来るのに……! 悔しいが、すぐさま切り替えないといけない。毒じゃだめだったけれど、着眼点は悪くないはずだ。こちらの魔導を十全に震えない以上、からめ手でなんとかするしかない。圧倒的な力でねじ伏せる戦いが得意だからあまりそういうのは好きじゃないけど……何とかやるしかない!


 まずはイメージだ。それもただ倒すだけのものじゃない。しっかりとイメージを練って発動しても、クーティノスの影響で完全に再現されない。それを踏まえた上で、頭の中で勝ち筋を見出さないと――


「くっくくく……ほらほら、いつまでも逃げていては――そうだ。クーティノス! あそこで動けない裏切り者から仕留めろ!!」


 痺れを切らした老人の命令に私に襲い掛かっていたはずなのに、踵を返してファリスの方へと走っていく。


「ファリス!!」

「く、っぅぅぅ……」


 肝心のファリスは傷が癒えてきているとはいえ、十全ではない体調で避けることなど難しい。ふらつきながらなんとか立ち上がって一度は上下から挟み撃ちにしてくる牙を転がるように避ける事が出来たけれど、それも何度続くかわからない。ならば――


「【アシッドランス】!」


 毒が駄目なら酸性だ。いくら金属でできていても、錆びてしまえば動きも鈍くなるはず……! とっさに放った酸の槍がクーティノスの振り上げていた前足に命中して、降ろされていた時には僅かに軌道が逸れてファリスの左横の地面に深々と突き刺さる。


「【ソーンバインド】!」


 茨が足かせのようにクーティノスに纏わりついて、動きに制限を掛ける。それをものせず茨を引きちぎっている間にファリスの側に近寄った私は、彼女を担いで移動する。


「ティ、ティア……ちゃん」

「傷口が開くから喋らないようにしなさい」

「で、でも……このままじゃ……」


 このままじゃやられてしまう――そう言いたいのだろう。いつの間にか扉は閉められていて、開こうとしている間に追いつかれてしまうだろう。だけどまだなんとも出来ないわけじゃない。


「安心しなさい。私が苦戦しているように見える? この程度、別に何てことないんだから」


 クーティノスの攻撃は私には当たっていない。そして少しずつではあるけれど、使える魔導と使えない魔導を選別する事が出来ている。構築に時間はかかるけれど、新しくイメージを練れば新しい魔導を生み出す事も。

 負ける要素なんてあるわけない。私は負けない。絶対に……!

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