478・見つけられた勝機
「ちっ……何をやっている! いつまでも手こずりよって!」
苛立つような怒声が巻き散らして何もしない老人の事は既に置物か何かと考えた方が良い。どうせこちらの邪魔をしてくるわけでもないしね。叫ぶ前に魔導か何かでこちらの妨害をした方が手早く片付くでしょうに。
とはいえ、そのおかげでクーティノスだけを相手にすればいい事で済んでいるのは事実。
「【アシッドランス】!」
二度目の魔導を全く同じ箇所に放つ。クーティノス自身には特に変化はない。痛みを感じない身体というのは実に便利な事だろう。私はなりたくないけど、世の中には不老不死を求める者もいる。そういう類の輩にはうってつけなのかも。
「ふん! その程度の魔導でクーティノスが揺らぐものか! はやくその女を噛み殺せ! 食い千切れ! 血の雨を降らせろ!!」
ぎゃんぎゃん騒ぎ立てている老人なんて無視しておこう。イメージを固める。より強い酸性の槍。それも私の頭で考えられる限りのものを。
「【アシッドランス】!」
先程よりも強力な槍がクーティノスの足に直撃する。しゅうしゅうと音を立てているところを見ると、どんどん強力にはなっているようだ。それでも限度があるからこれ以上は難しいだろう。
だけどこれで十分だ。この程度なら問題ない。
一撃が命を刈り取るであろう爪が右に左にと迫ってきて、それを軽やかな足取りで避けていく。最初はまだ慣れなかったから髪の毛を掠ったりとかした。でも今は完全に見切ったから当たる事はない。ファリスの重み一つ分くらいどうとでもなる。
これが出来るのはクーティノスが単純な攻撃しかしてこないお陰だろう。何かあるかもしれないから常に警戒は怠らないけれど、このままいけば……!
目に見える変化を感じながら何度目か【アシッドランス】を打ち込んだその時――鈍い音が響く。
「な、なんだ? 何が起こった!?」
今まで何も見ていなかったようで、老人から悲鳴じみた声が聞こえた。急いでクーティノスの様子を見た彼の表情は、今までの苛立つ笑みを清算するほどの驚きに満ちていた。
クーティノスの右前足は、途中まで溶けてしまったせいで折れてしまった。
答えは単純。最初に【トキシックスピア】が命中したところに何度も何度も【アシッドランス】を打ち込んだのだ。絶えず諦めずに、打ち続けた結果。右前足を少しずつ酸が蝕んで半分程度溶かしたおかげでぽっきりと折れてしまった……という訳だ。
「甘いわね。例え強力な魔導を封じられたって、やり方なんていくらでもあるのよ。【アシッドランス】!」
今度は左前足を狙う。いくら装甲が厚いといっても、獣の形をしている以上、足は胴より細く薄くなってしまう。なんとか溶かす事が出来るならあとは簡単。体重移動と同時に跳躍したりなどすれば、耐えられなくて折れるのは当然だ。
「く、くそ……! クーティノス! 奴らをさっさと始末しろ!!」
「吠えるだけなんて随分楽ね。【アシッドランス】!!」
ギリギリと歯軋りが聞こえてきそうな形相をしている。こんな細かいところまでわかるのは私の暗視魔導だからこそだろう。並の人なら腰を抜かしそうな顔していて、少し笑いそうになる。
「貴様……! なぜそんな顔を出来る!?」
「決まってるでしょう。確実に勝てると思っている相手が一転して苦境に立たされる――その事に笑みを浮かべるのは当然のこと」
「苦境? 苦境だと!? ふざけるな!!」
叫んでいるけれど、彼も気付いているはずだ。私に攻撃が当たらない上、【アシッドランス】は少しずつでもクーティノスの鋼鉄の身体を蝕む。今もこんなくだらない会話をしている間にも酸性の槍がクーティノスを溶かしている。それでも認められないのは、彼が信じているからだろう。このゴーレムこそ最強なのだと。聖黒族を倒す事が出来るのだと。そんな幻想を抱いたままでいるのは本人の勝手だ。
「なら、勝手に妄想に浸っていなさいな」
残った右前足も同じように半分までとけた後、俺て使い物にならなくなってしまう。
まだ後ろ足が残っているけれど、もう先程の素早い動きは見る影もない。単純な動きしか出来ないクーティノスはもはや敵じゃない。
がりがりと床を削りながら走ってくるクーティノスの顔面に何度も【アシッドランス】をプレゼントしてあげる。もちろん本体の厚い装甲は無視して、後ろ足の方だ。確実に敵の機動力を奪っていく。
しかし、どうして彼は魔導を放たないのだろう? 心底不思議に思っていたけれど、クーティノスの特性尾を思い出して気付いた。多分、彼も同じように魔力を制限されているのだろう。そうじゃないと見守り続けるだけなんて普通はあり得ない。自分達の平気で墓穴を掘っていると思うと笑えるけれど、同情するつもりはない。こちらに近接戦を挑んでくる様子もないからまるで玩具を壊されるのを黙ってみている子供のように思える。
……その後、両足がなくなったクーティノスは無様に転がるだけの存在になりはて、敵をかみ殺すという機能は果たせなくなってしまった。残るは……目の前の老人ただ一人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます