471・(拠点への)中継都市ザインド
捕虜の世話をしていたジュールの身体を焼済ませた後、私達はダークエルフ族の拠点が密集しているザインドへと向かって鳥車を走らせていた。今からこの距離ともなると……恐らく半日も掛からないだろう。
ほんの僅かな間になるかもしれないけど、彼女には少しでも長く休んでもらいたい。これから先、どこに行くにしても私達を監視していた男達がネックになる。ファリスには任せられないから必然的にジュールが彼らの世話をする事にまるだろう。アジトに行って敵を薙ぎ払うのは私達でも十分に可能だしね。
――
ジュールが十分身体を休ませ、日が傾き始めた頃。私達は予定通りザインドまであと少しのところまでやってきた。
ミッゼンゲルよりも小規模な町だけれど、少なくともあの町のように人を惑わす魔導具は存在しない。それなりに活気に溢れていて、民達も生き生きしている。これだけを見るならルーセイド伯爵の評価も正しいのではないかと思えてくる。
……まあ、先にミッゼンゲルを見てしまったから何とも言えないけれどね。
「宿はどうしますか? 流石に彼らを連れて入る訳にはいきませんよね……?」
不安そうな顔をしているけれど、確かに彼らも一緒に……というのは流石に無理だ。絶対に変な目で見られるし、縛っている姿は不信感を抱かせる。ということは――
「もしかして、野宿?」
「そう……なるわね。彼らを放置する訳にはいかないもの」
明らかに不満そうな顔をしているファリスには悪いけれど、彼らを町の中に入れるのはちょっと無理があるし、私達だけ宿に泊まって――というのも面倒な事になりそうだ。あまり気は進まない。それでも鳥車の中で寝泊まりした方がいいだろう。一応、他の安い作りの鳥車よりは上等なものだし、少しは身体を痛めることなく休めることが出来るはずだ。
「ジュール。適当な食糧を買ってきてちょうだい。私達はザインドの外で待ってるから」
「わかりました。ファリスさんはどうします?」
「……ついてく」
私が野宿を決定したものだからファリスも口を閉じるしかなかった。結局、ジュールと一緒に買い出しに行く事で納得したみたいだ。
ザインドの近くの森で鳥車を隠すように停車させた私達は、二手に分かれて行動する事にした。ジュールとファリスは町の中に買い物に行く事になった。
「……おい」
「なに?」
一応彼らを見張っていた私は、いきなり声を掛けられて驚いてしまった。今まで沈黙を保ち続けてきたのに唐突に口を開くなんて考えられなかったからだ。
「なんで俺達に何も聞かない。あんたらみたいな貴族様なら、色々知りたいんじゃないのか?」
「別に。貴方達が何を喋ったって信用に欠けるもの。それならいっそ何も聞かない方がいいじゃない」
実際は【ナイトメアトーチャー】で色々と聞きだしたのだけれど、全員に同じ魔導を使ったせいで、彼らは倒れた後は悪夢をみたという認識だけでしかない。誰も覚えていない上に尋問も一切されないのだから、不思議に思うのも仕方がないか。
「引き渡したって無駄だぞ。俺達は口を割らない」
「それならそれでいいわ。貴方達を引き渡すのが私の役目だもの。どうせ何も出ないことなんて知ってるし」
「……なら俺達を生かす理由なんかないだろ」
「別に殺す理由もないじゃない。焼き払ってもいいけど、後処理面倒そうだしね」
死にたいなら舌でも噛んでしまえばいい。それでも死ぬ前に癒してあげるけれど。
沈黙したまましばらくの間見つめていたけれど、一向に何も言わないから視線を逸らそうとした。
「……そんな甘いこと言ってたら死ぬぞ」
随分と溜めた挙句全くの見当違いなことを言い始めた。
「ふふふ」
「……何がおかしい?」
私が笑ったのが気に入らないのか、不満そうな声をあげている。いくらそんな顔をしても全く怖くない。縄で縛られた挙句、寝かせられている状態のどこをどう怖がれというのやら。
おまけに他の人たちに積み重なったような状態で、むしろ笑いすら込み上げるくらいだ。
「大丈夫。もし私を殺せるような人が現れたら……」
その時の情景を思い出す。荒野に私と幾多の勇者と呼ばれた人達が戦った場所。あそこを思い出すと、自然と心が冷える。
「その時は本気で殺してあげるから」
冷たい殺気を纏わせたからか、私と話をしていた男はこの世の終わりでも垣間見たような表情をしていた。
気付けば他の様子見をしていた人達にも伝染して、みんなすっかり萎縮してしまった。
……まあ、そっちの方が扱いやすくていいんだけど。そんなに怖い顔していたのかな? ……いや、多分大丈夫だろう。
彼らにいくら何を言われても何とも思わない。
けど、これがジュールやファリスに言われたら……そんなことを考えると自然と気が滅入ってくる。
結局、その後は一言も発することなく、私達はジュール達を買い物を終えてくるまで黙りかかってしまうのだった。
……それにしても、本当にいきなりなんなんだろう? 向こうから話しかけるなんて、珍しい事もあるものだ。
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