454・越えられない一線(ファリスside)

 敵を倒したジュールは荒い息を吐いて周囲に戦える者が残っていないか注意深く確かめていた。


「どう?」

「……いない、みたいですね」


 ようやく安全を確保した彼女は深い息を吐きだした。それは安堵のため息。それを横目にファリスは冷めた目で見ていた。


(今この調子じゃ先が思いやられるわね。それに――)


 ちらりと視線を向けたその先。うめき声を上げる倒れた男達。そのどれもが死んでおらず、いつ息を吹き返してもおかしくはない。ただ倒しただけでジュールの意識の外に行ってしまった男達。


(これじゃ、わざと倒れてるのがいたら思うつぼ。殺さないならきちんと無力化する。やるならしっかりやらないと意味ないじゃない)


 ジュールが中途半端に仕上げた結果に喜んでいる最中、ファリスは師匠として弟子の戦い方を冷静に分析していた。

 たった一人で戦い続けるには確実に敵を無力化しなければならない。それは二度と立てないように圧倒的な力の差を叩きこみ恐怖を与える。それすら上回る意志を持つのならば、束縛するか殺す。たかだか倒しただけでいい気になっているジュールのおめでたさに嘆息を禁じ得ない。


「ジュール。ちゃんと止めを刺すか動きを封じないと」

「ですが、これ以上戦う事なんて出来ないのではないですか?」

「それだと回復魔導を扱える相手だったらすぐに立ち上がってきちゃうじゃない。いい? あなたはティアちゃんの契約スライムなんだから、倒した敵に不意を突かれてやられちゃうなんて馬鹿らしい事になったらどうなるか……想像できるでしょ?」


 呆れた顔で言われ、ようやくジュールもファリスが何を言っているか理解出来た。師匠である彼女が伝えたい事――それはエールティアの名に恥じない戦い方をしろということだった。

 エールティアのように強い存在ならば、多少の事では動じず、冷静に対処する事も出来るだろう。それこそ、雑に倒しておいても彼女に傷をつけられる存在はあり得ないだろう。圧倒的な実力差。一つの行動を交えただけでも十分に伝わるその強さに逆らう者など、無謀であり愚かな者しか存在しない。そんな連中に歴戦の猛者であるエールティアが傷をつけられるはずもなく……ジュールのような行動も許されると言える。

 ……もっとも、エールティア自身は過去に一人で戦い続けた影響からか自然と敵を無力化して先に進んでいるのだが。


「あなたはまだそこまで強くないんだから、敵に情けをかけちゃダメ。殺せないなら行動出来ないようにしなきゃ」

「……わかりました。えっと」


 ファリスの忠告にとりあえず何か魔導で拘束しようと思ったのだが、今まで考えた事もなかったから何も浮かぶものがない。当然だ。今までは確実に死なないとわかっているからこそ、そんなもの気にもかけなかった。事ここに至ってようやく自分のレパートリーの中に相手を無力化させる魔導のない事に気付いたのだ。


「……今回はわたしが代わりになんとかしてあげる。殺したくないんでしょ?」

「そ、そんな事……」

「顔に出てるのよ。次からは自分でなんとかしなよ」


 ジュールが敵を無力化させる方法がなかったのを見抜いたファリスは、嘆息混じりに魔導を発動させる。


「【チェーンバインド】」


 魔力によって作られた鎖が男の全身に巻き付き、意識がないまま動きを封じられていく。それが一人一人に同じ魔導を施されていき、しばらくすると鎖にがんじがらめになった男達の山が完成していた。


「……これで大丈夫でしょう」

「ありがとうございます。あの……なんで私が殺したくないって思ってるのかわかったのですか?」


 恐る恐る――申し訳なさそうに訪ねるジュール。エールティアの決闘に参加した時も普通に戦えていた彼女だからこそ、なんでわかったのかという疑問は当然の事だった。


「だって人殺した事ないんでしょ。顔を見ればすぐにわかるって」


 ファリスにとって誰かを殺す事なんて出来て当たり前。そうしなければ生きてはいられない環境で育ってきたのだから、それが普通なのだ。だがジュールは違う。彼女は生まれてこの方決闘でしか真剣な勝負をしたことがない。ファリスやエールティアが天然だとすればジュールは養殖。雪風などのようにそれでも覚悟を身に纏う事が出来る者もいるが、それに該当しないジュールにとって、他人の命を奪うという行為は容易く出来るものではなかった。


 しかも相手は明らかに格下。どう考えても足元にも及ばない敵。切羽詰まった状況ならばともかく、自らの命の安全は保障されているような戦いでは越えられない一線がある。

 遥か昔ならばその一線は軽かっただろう。だが今は違う。決闘は命の奪い合いごっこであり、ジュールはまだその世界に片足を突っ込んだだけに過ぎない。


 彼女達は【契約】をする前と後とでは性格や観念が変わる事が多い。主人の心に触れて多分に影響を受けるからだ。新しく生まれ変わるからこそ、ジュールは生まれてまだ二年と少ししか経っていない。追い詰められてもいないこの状況で誰かの命を奪うには、彼女はまだ幼すぎた。

 それはやがてジュールに致命的な出来事を引き起こされる。その事を今の彼女は――まだ知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る