453・奇襲させてみよう!(ジュールside)
楽しそうに――時折威圧感を与えてくるファリスだったが、いくら喋っている最中であっても、敵が近づけば必然的に頭でスイッチを押すように切り替わる。そしてファリスの様子が尋常ではない事に気付いたジュールも彼女の顔色を窺うように覗き込んだ。
「……ファリスさん。近いのですか?」
「うん。こっちを見てる。結構警戒してるね」
エールティアのように地図を映し出す【サーチホスティリティ】のような魔導をファリスもジュールも使う事ができない。だが、ファリスは戦いの場に生き抜いた記憶と複製体として戦い続けた経験がある。自らに好意的ではない視線を見抜くくらい造作もなかった。
「どうしますか?」
一方ジュールはまだその辺りに疎く、僅かに警戒されている程度では気付く事ができない。かと言ってきょろきょろと周囲を見回しては、敵に『いるのはわかっているぞ』と教えているようなもの。今は欲求を抑えて小声で聞くしか手段がなかった。
「……気付かないフリしよう。ここで近づいても仕方ないしね」
「え……だ、大丈夫なんですか?」
「問題ないない。わたしに任せて」
不安がるジュールに『戦えるのになんでそんな不安そうにしてるんだか……』と内心呆れていたが、ファリスは顔に一切出す事なくどんと構えた。
基本的に負けが多いジュールは、意気込みだけは強い方だが、肝心の自信が備わっていない。自らの強さに疑問を持つ者が戦場を生き抜くのは難しい。だからこそ、ここで経験を積ませる事にしたのだ。
もちろん、その考えをそのまま口にするような女ではない。土壇場の覚悟を身につけさせたかったファリスにとって、それは無粋というものだった。
「一応頭の中にだけは入れておいて。わたしたちはティアちゃんを探そう?」
最初は小声だったが『わたしたちは――』の辺りから普段と同じように喋り、この話は終わりだと告げるファリスに引きずるような視線を向けていたジュール。やがて諦めた彼女は仕方なくそれ以上聞く事をやめた。
「ティア様はどこまで行ったんですかね。随分探していると思うのですが」
「案外もう拠点まで着いていて、制圧寸前だったりして」
冗談混じりの笑みを浮かべていたファリスだったが、内心は『十分あり得る』と考えていた。ジュールも同じ結論に達していたのか、どこか乾いた笑みで応えている。
実際の話、彼女達がこうしている間にも着々とダークエルフ族を捕まえているのだから全く間違えていない。彼女達が着く頃には既に終わっているだろう。
だが、それを笑う事が出来ない者達がいた。
――シュッ。
小さく短い風切音が鳴る。それに対して
ジュールも流石に気付いたようで、困惑しながらも警戒態勢を取っていた。
投げられてきたのは小さなナイフ。刃には何かが塗られているようだった。
(毒……こんなものを持ってるなんて……)
内心嫌になりながらも次がどこから飛んできても良いように周囲に気を張る。
がさがさと風に吹かれているのか……はたまた敵が移動しているのかいまいちわからない草木の揺れる音。ごくりと喉が鳴り、神経が張りつめていく感覚に苛まれる現状。それが破られたのはジュールの背後だった。
唐突に草木をかき分けて飛び出してきた黒ずくめの敵は、小ぶりのダガーを片手に襲い掛かってきた。
「ジュール!」
「!?」
その瞬間を見ていたファリスの声に反応したジュールは、瞬時に周囲の状況を把握して、ダガーを振り上げている敵に向かって魔導を放つ。
「【イエロブラッソ】!」
発動と同時にジュールの二の腕近くの何もない空間から大きな氷の腕が左右同時に出現する。飛びかかろうとしていた敵が突然の出来事に驚いて二の足を踏んでいる間に、ジュールの氷の腕が敵を掴み、思いっきり地面に叩きつけた。
「ちっ……!」
一人やられたのを尻目に、次々と攻めてくる敵を氷の両腕で凌ぎきるジュール。
「【シャルフレーゲン】!」
今の状況を好機と捉えたジュールの魔導が空に雲模様を作り出し――あっという間に黒い雲が周辺を覆い隠してしまう。何が起こるのか理解の範囲を超えていた敵兵の動きが鈍い間に、彼女の魔導はその力を解き放つ。最初は雲が出来る程度の魔導だったが、徐々に広がったそれらが降らせてきたのは、矢のように鋭く磨き上げられた無数の水が邪な者を排除せんと牙を向いてきた。
降り注いだ小さな矢の雨は、威力自体は身体を貫通することなどなく、痛みを与える程度。だが、それが百にもなり、千にもなり……殺傷能力はなくとも動きを止める事が出来るようになる。それは大量に降らせる事が可能な魔導だった。
こうなれば隠れていても関係ない。雨は周囲に無慈悲に降り注ぎ、辛うじて難を逃れた敵は【イエロブラッソ】で生み出された氷の腕の餌食となる。それを何度も繰り返した結果――敵兵はあっという間に片付いてしまった。これこそがジュールの得た成果。その一つだった。
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