426・救われた命

 最後まで見届けた私は、ヒューの首に刃を添えて動かなくなった雪風を見て最初は疑問に思った。

 だけど彼女がこの拠点の位置や自分が一度死んだ時の事を話している最中、ラミィという女の子の話をしていた事を思い出した。

 恐らく、いざ彼を殺すとなった時にその少女の顔がちらついてしまったのだろう。今まで殺意を剥き出しにして死闘を繰り広げていたのに唐突に刃を止めた理由なんてそれだけしかない。


 それまではヒューも殺す気で臨んでいたし、あのまま決着していたなら間違いなく殺せていた。

 だけど、後はトドメを刺すだけ――そんな段階まで話が進んだからこそ、頭にそのラミィが浮かんだのだろう。


「ど、どうしたのかな?」


 今までの一連の流れを見守っていたレイアが突然の出来事についていけなさそうに首を傾げていた。それは一緒に観戦していたベアルも同じようで、困惑しているように見えた。


「……どうした? 何故トドメを刺さない」


 仕方ないから間に入ろうかと思った私より早く口を開いたのはヒューだった。彼としても、いきなりこんな事になって理解出来ないのだろう。

 当然だ。彼にとってラミィは掛け替えなくても、雪風にとってはそうじゃない。ましてや一度自らを殺した相手。手を掛けない理由の方が少ないはずだ。


 殺される理由の方が多い相手からの当然の疑問。それに答えようとする雪風は、何処か苦しそうだった。

 内心、相当な葛藤が渦巻いているのだろう。殺すべきだと思う一方、頭の中では殺さないでと訴えるかのようにラミィが姿を見せる。きっと、いつまで経っても答えは出ないだろう。

 でも仕方ない。雪風は私やヒューとは違う。人を殺し続けて慣れてしまった人と、自らの信念でのみあやめた人とでは、積み重ねてきたものが違う。まだまだ青いって事なんだろうけど、雪風にはそれくらいが丁度いい。ここはあの殺伐としていた世界じゃない。

 悪意もあるけど、それ以上に善意に触れることが出来るこの世界で、血に塗れている者は最小限でいい。


「……貴方にも帰るべき所があって、護りたい人がいると思うと、どうしても……!」

「……ふん、甘いな。生き返ったとはいえ、俺はお前を殺したんだぞ? その俺を――そんなんじゃあ、なにも守れはしない!」


 首筋から刃を跳ね除けて後ろに飛び退って――


「そこまでよ」


 何かをしようとする前に二人の間に割って入る。雪風には悪いけど、もう勝負は着いた。これ以上戦いを続けようとするのなら、こちらにも考えがある。


「……邪魔をするつもりか?」

「既に貴方の負けよ」

「いいや、雪風が血迷ったおかげでまだ戦いは続いているさ。どっちかが死ぬまで終わらない。それが戦いだ」


 何をたわけた事を、と言いたげだけど……それは通らない。


「『見逃された』時点で負けているのよ。それでも戦いたいのなら、今度は私が相手になってあげる。私はこの子とは違うからきっちり殺してあげる」


 さっきまで戦いの場だったのが一転。私の威圧に押されて後退りながら警戒している男が一人。


「お待ちください、エールティア様!」

「雪風……。貴女の気持ちもわかる。だけどトドメを刺さないなら、これ以上は止めておきなさい。無理に慣れようとしなくてもいいから」


 なるべく優しく言い聞かせて雪風を背中にヒューに向かい合う。今彼は私の実力を測ろうとしているのだろう。

 無闇に攻撃を仕掛ければどちらが痛い目を見るかを。


「……いいだろう。なら、お前と雪風に免じてここは収めよう」


 勝てないと判断したのか、戦闘態勢を解いてため息を吐き出していた。


「ヒュー!」


 雪風が咎めるような声をあげるけれど、それに対してヒューは不満を露わにするように睨みで返す。


「お前が今トドメを刺せるならまたやってやる。だが、今は無理だろう。その状態で続けられるか」

「ですが……!」


 雪風自身も既に戦意喪失している事がわかっているはずだ。それでも食い下がろうとしているのは、自らが仕留めなければ……そんな気持ちが辛うじて残っているからだろう。


「なら、今のお前は俺を殺せるのか? 遺されたラミィの事を思い浮かべながら本当に出来るのか?」

「っ……!」


 出来ないのがわかっているからこそ、雪風は即答する事が出来なかった。それは今まで見てきた私達だってわかっている。


「それが答えだろう。それで、どうする? 俺を見逃してくれる訳じゃないんだろう?」

「その通りだ! よくもガンドルグ王国にこんなもの――」


 ようやく事態を飲み込めたのか、肩を怒らせながら詰め寄ろうとしてきたベアルの動きを制する。


「ちょっと待った」

「な、なんですか? まさか見逃せと……」

「そこまでは言ってないけど、彼は私に任せてもらいたいの」


 見逃すつもりは全くない。大体ここでそんな事したら間違いなくベアルはそれを報告する。そうなればガンドルグとの仲がこじれるのは間違いない。そんなの事になったら目も当てられない。


「ですが……」

「戦って勝利を得たのは雪風です。それとも……そちら一人で彼をなんとか出来ると?」


 もちろん無理だ。私達が護衛を手伝わない限り、ヒューは容易く逃げてしまうだろう。そうなれば私にも責任はあるものの、ある程度の言い訳も立つ。拠点の壊滅もヒューの捕獲も彼らだけではなし得なかったのだしね。


「なら貴女方が手伝って……」

「私の提案を蹴ってそれが通るとでも? 貴方の命は守りますが、それ以上の事をさせるつもりなら――」

「……わかりました。ですが、一度話し合ってから正式にという形で構いませんね?」


 とりあえず今はこちらに身柄を預ける。それから先は話し合いで、という形で落ち着いた。これなら多少の角はついても問題ない。少しごたごたしたけれど、これでようやく町の方へと戻れそうだ。

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