412・集合の刻
早く国に帰りたい――そんな想いを抱きながら戻ってきたマデロームの王都ガンスラッドに戻った私達は、他の組が戻ってくるまでの間休息を取る事になった。
丁度食事を摂ろうと入った店では、面白い事をやっていた。表面を火で炙ったチーズを専用のナイフで削っていくというやつだ。溶けたチーズのとろとろとした部分が緩やかに滑っていって、皿を彩る野菜や固く焼いたパン達の上に落ちていく。鼻をくすぐる香りはとても心地よく、食欲を沸かせてくれる。
「良いのでしょうか? こんなにのんびりしても……」
十分にチーズがかかって店員が下がったころ、ぼんやりとジュールが呟いた。
ここしばらくは休んでばっかりだったから仕方ないだろう。
確かにこのままこうしても時間が過ぎていくだけだろう。だけど闇雲に動き回ったところで無駄に時間を浪費していくだけだ。
一応ダークエルフ族が次どう動くかはある程度予想は出来る。だけど、もう少し確実な情報が欲しかった。
不用意に動き回って私達の事を知られてしまったら、彼らの拠点に辿り着く前に逃げられてしまう可能性もあるしね。
そうなったら、後は似たような事がお香り続け、堂々巡りになる事が目に見えていた。
「今だけなのだからジュールももう少し気楽に楽しみなさい。動きだしたら休息にあまり時間を掛ける訳にはいかなくなるかもだからね」
こうして英気を養えるのも今のうちだけかもしれないしね。とろとろのチーズがのったパンを食べると、小麦の味とまろやかなチーズの味が口いっぱいに広がっていく。野菜の方も淡泊な味だからこそよく合っている。
じっくり味わっていると、ジュールの方もたまらなくなったのか自分の料理に口を付け始めた。
「――! これすっごく美味しいですね!」
「そうね。向こうにいたら食べられなかったでしょうね」
美味しそうに食べてるジュールをどこか微笑ましい気持ちで眺めていると、不意に懐かしい気持ちに襲われる。もう随分ティリアースに帰っていない。去年……というか一昨年か。その時も一年の後半は大体中央にいたし、去年から今年にかけてはまだ帰る事も叶っていない。お父様やお母様とは手紙のやり取りをしているけれど、それだけじゃこの想いは消しきれない。
「……ティア様、故郷を思い出しておられるのですか?」
そんな想いが透けていたのか、ジュールはどこか寂しそうな顔をしていた。
ジュールもあの港町の潮の香りを思い出したのだろう。彼女にも親しい友人はいるだろうし、寂しがるのも仕方がない。
「そうね。久しぶりにアルファスにいるお父様達に会いたい。慣れ親しんだ魚料理も食べたい。色々懐かしい気持ちになるけれど、今はその時じゃないって理解してるわ。だから大丈夫。ジュールは?」
「私は……町では親しくしてくれた方もいますし、寂しかったり、帰りたいと思う気持ちは少なからずあります。だけど、私の居場所はティア様のお側ですから」
にっこりと笑顔で慕ってくれるのは純粋に嬉しい。自分で言ってて少し恥ずかしくなったのだろう。誤魔化すように自分の料理に手をつけていた。それを微笑ましい気持ちで見ていると――
「エールティア様」
男の人が声を掛けてきた。全く知らない人で、ジュールも彼を知らないのか警戒する視線を向けていた。
「……なんのようかしら?」
「お頭――フォロウ様の使いです」
「……フォロウの?」
「はい。これを……」
フォロウの使いと名乗った男の人が差し出してきたのは丸めた羊皮紙で、紐で縛ってリシュファス家の紋章で封蝋されていた。しかもこのタイプは一般的に使用されているものではなく、ごく一部――リシュファス家が内部の者に対してのみ使用しているものだ。僅かな者しか知らないものだから、信頼度は高い。
「良かったのですか? もう少し警戒した方が良いような気がしますが……」
書類を受け取った私に頭を下げて去っていく男の人を警戒して見送るけれど、それは仕方ない。ジュールは家の事で勉強する事が山積みで、まだこの封蝋のところまで進んでいないのだろう。だから偽物でもみるような目をしているのだ。
「大丈夫。これもちゃんとした文書だから」
流石にこんな他人の目に付きやすい場所で見る訳にもいかないから、後で部屋に戻った時にでも見るとしよう。
「さ、早く食事の続きをしましょう。せっかくのチーズが冷めてしまうからね」
「は、はい!」
それから私達は頼んだ料理を味わってからすぐさま宿へと戻る事になった。
部屋へと入った私は書類の封を切って中身を確認する。
そこには現在の各国の情勢についてと、私達の仲間の現状が掛かれていた。
ティリアースは防備を手厚くしているようで、未だ攻められてはいないようで安心した。
それと……アルフも
そんなところにまで目を向けているのは驚くけれど、とりあえず全員無事で安心した。
みんなが帰ってきたら情報交換をして……それから本格的に行動する事になるだろう。長かった休息もどうやら終わりを向かせそうだ。
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