408・不完全燃焼(雪風side)

 突然の懇願するような悲鳴に動きを止めて困惑した雪風だったが、それ以上に驚いたのは普段冷静なヒューだった。


「ラミィ……!? なんでここにいるんだ!」


 その驚きの声に正気に戻った雪風は慌ててヒューから距離を取った。ヒューの方も壊れた剣を構え、残った 部分で防御を試みようとしている体勢を取ったまま動かなくなっていた。


 その視線は黒い髪の幼女に注がれている。銀色の目をしているところから聖黒族である事は雪風にも理解できたが、なんでこんなところにそんな小さな子がいるのかと疑問を抱いていた。


 ラミィと呼ばれた少女は戸惑うようにヒューと雪風を見て、半泣きになっていた。


「だって……けんかはだめだよ……」

「ラミィ、これは喧嘩じゃないんだ。困った侵入者を――」

「けんかはけんかだもん!」


 うるうるとした瞳で睨まれたヒューは、先程の凛々しさや威圧感を放っていた姿とはまるで別人だった。

 凍えるように冷めた目で見下ろしていた時と違って、慌てた表情が人らしさを与えさせる。


 あまりの慌てように雪風は一気に毒気が抜けてしまった。

 戦いというのは緊張の連続であり、常に張り詰めた中で行われている。それが一度切れてしまえば、中々元に戻ることはできない。


 それはヒューも同じだった。


「……わかった。もう喧嘩はしないから、早く寝なさい」

「ほんと?」

「ああ、本当だ。そうだろう?」


 一度殺した挙句、今まで死闘を演じていた相手に聞くのは少し間違えているものの、雪風もそれには頷いておいた。彼女もラミィを巻き込むのはどうにも気が引けたのだ。


「……うん」

「ほら、明日もお勉強するんだろう?」

「うん!」

「だったらもう寝なさい。まだ朝には早い」

「はーい……おねえちゃん、ばいばい」


 親に諭されるようにヒューに言われ、しょんぼりしながら雪風に手を振って部屋へと戻ってしまった。

 完全に緊張感のある空気が壊され、ヒューは無造作に剣を放ってしまった。


「……もう戦わないのですか?」

「お前もそんな気分じゃないだろう。それとも、殺された恨みでも返すのか?」


 その口調は先程の冷たい感じとは違い、対等な者を見るような目をしていた。軽口を叩くくらいには認めているようだった。


「僕はエールティア様の為にこの拠点に残されている情報を手に入れなければなりません。その為なら……」


 鋭い視線を返す雪風は、未だ刀を鞘に納めてはいない。いつでも斬撃を放てるように構えていた。確かに緊張の糸は切れて戦う気持ちは無くしたが、主人の為に……という気持ちまで無くしたわけではなかった。


「……エールティア? それがお前の主人か。中々いい部下を持っているみたいだな」

「褒められても何も出ませんよ」

「まあそう言うな。で、お前の主人は……聖黒族か?」


 こくんと頷いた雪風に対し、ヒューはアゴに手を当てて何かを考えていた。


「……それならガンドルグって国は知ってるな?」

「確か、サウエス地方にある獣人族の国でしたっけ」

「そうだ。そこのガリュドスという町の近辺の森にダークエルフ族の拠点がある。ここのように実験で使っているような場所じゃない。サウエス地方を攻略する為に造られた軍事施設だ」


 まさか敵が重要な拠点の情報を教えてくれるとは思わず、驚きと戸惑いが湧き上がる雪風。


「……それを信じろ。そう言いたいのですか?」

「あの子がまた起き出したら面倒だ。だが、信じるか信じないかはお前次第だ」


 じーっとヒューを観察していたが、自分なりに納得したのか、人造命具を鞘に納めた。

 いや、あまり納得はしていないが、無理矢理しようとしているようだった。


「……貴方とはまた会えますか?」

「俺はあいつらとは違う。今度は本物の戦場で会うことになるだろう。その時にこそ、今日の決着をつけてやる」

「忘れませんよ。決して」


 鬼人族として、エールティアの配下として。このままで終わらせることなど出来るはずがなかった。しかしラミィを見てしまい、そんな彼女に接するヒューを見てしまった。これ以上ここで戦う気も起きなかった。

 だからこそ、雪風が望んだのは再戦。今度は誰にも邪魔をされることなく、本当の意味で決着をつけたかったのだ。


「そうか。俺もお前のことは覚えておこう。殺して生き返ったのはお前だけだからな」

「……この借りは必ず返します。桜咲家の名と、エールティア様の配下である誇りにかけて」


 互いに視線を交わし合い、本気である事を確かめる。どのような決着がつくにしても……例え本当に命を失うことになったとしても、必ず勝敗をつける。その証明だった。


 雪風はそのまま振り返る事なく拠点を後にした。ヒューも黙したまま見送り、次に相対した時の事を考えていた。


 ――


 山の中腹に建っている小屋に戻り、ベッドを元の位置に戻した雪風は、外に出て少し冷えた空気を身体中に取り込んだ。

 いつの間にか陽が出始め、早朝と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。


 雪風は何も語らず、ただ昇っていく太陽を見つめた。

 夜中からこの時間まで、濃密な時間を過ごした。何日も戦ったような気さえしていた雪風は、やがて山を降り始めた。来た時とは違いゆっくりとした足つきで宿へと向かうその姿は、どこか不完全に燃え残った闘志を抱えているようにも思えた。

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