406・鬼人族として(雪風side)

 互いに睨み合う雪風とヒュー。先に繰り出したのは雪風の方だった。


「【無音天鈴】……!」


 周囲から音が一切消え、鈴の音が聞こえると同時に斬撃が放たれる。

 人造命具の力で限界を超えた彼女の身体は、いつもの何倍もの速度で攻撃を繰り出し、命の灯を燃やし尽くしそうな勢いで攻めに転じていた。


 その凄まじい勢いをヒューは涼し気に受け流していた。雪風本人はそこにいるが、斬撃は縦横無尽。様々な 場所から飛んでくるのを冷静に対処している。

 全く通じていない自らの攻撃を見て焦りが生じたのか、徐々に速度を上げ、更に攻撃の手数を増やしてきた。


「……愚かだな」


 彼女の放つ【無音天鈴】の効果で声は聞こえないのだが、それを知ってか知らずかヒューは呟いていた。

 いくら速度を上げようと、手数を増やそうと……ヒューと雪風では戦闘経験の差がありすぎた。

 あらゆる角度から放たれた斬撃を避け、防ぐ。時たま攻撃が通るが、致命傷にはなりえなかった。


 最初は勢いで押していた雪風だったが、少しずつ詰められていく。


「……くっ」


 最大の奥義である【無音天鈴】でさえもヒューの頂まで届かない。その事実が更に彼女を焦らせ、攻撃を加速させ――やがて限界を迎える。

 放った時から既に満身創痍だった身体は、限界を超えた結果――雪風の頭の中でプツン、と糸が切れたような音がして、居合の構えから放たれる斬撃が鈍る。そして……その隙を見逃す程、敵は甘くなかった。


 一瞬にして詰め寄られた彼女はなす術もなく斬り飛ばされてしまう。

 なまくらだったからこそ、身体が真っ二つにならずに済んだが、べきべきと嫌な音を立てて鎖骨が砕ける。


 悲鳴を上げ、気を失ってもおかしくない状況でも雪風は決して諦めなかった。


「気に食わないな。どうしてそんな目でいられる? 何故そんな状況になっても諦めない?」


 歩み寄ったヒューは雪風を見下ろし、冷めた表情で疑問を口にする。

 ヒューはただ不思議で仕方なかった。彼に相対した敵は最初は自信満々でも、最後には許しを乞うていた。怯える相手もいた。死を覚悟した者も。皆瞳の奥に恐怖を抱えていた。


 しかし、雪風はその誰にも当てはまらない。自らを側に置いてくれたエールティアの為に戦う。それが今の彼女の全てだった。


 だからこそ、必ず主人の望む成果を上げる。ここで相打ちになったとしても、それが雪雨ゆきさめ達に繋がって自らの意思を受け、先に進んでくれる。

 ならば、彼女の意思は死なない。次へと必ず繋がる。


 そこには恐れはなかった。あるとするならば悔しさ。これほどの敵を相手に相打ちにすら持っていけなかった自分への歯痒さ。


 だからこそヒューにはわからなかったのだ。今までそんな人間を見たことがなかった彼にとって、雪風はきみの悪い存在でしかなかった。


 しばらく視線を交わしたヒューは、何も言わない雪風に興味を無くしたかのように心臓を一刺しして止めを差した。

 血が流れ、ゆっくりと視界が黒く染まり……やがて何も見えなくなる。それは確かに雪風が息を引き取った瞬間だった。


 ――


 明るい光が差し込む中、雪風はまぶたの裏からでも眩しさを感じて目を開けた。


「……あれ? 僕、生きてる?」


 疑問が深まり、言葉を口に出す。普通に話すことができる上、どこも痛くない。だが身体はろくに動かせない。どうにももどかしさを感じていると、身体の中からぽかぽかと温かいものが湧き上がってきた。


(……ああ、僕、死んだんですね。このままゆらゆらと漂って……)


 今の自分がどんな状況にいるか理解した途端、湧き上がってきたのは口惜しさだった。

 もっと上手くやれば、もっと相手の動きを読んでいれば――もっと自分に力があれば。湧き上がってくるのはそればかりで、弱さを嘆き悲しむ。もはや自分にはどうしようも出来ない事が理解出来ているからこそ、より一層辛かった。


 気付けばぐっと拳を握りしめていた。他にどうするも出来なかったからだ。


(エールティア様……せっかく拾ってくださったのに、まともに恩も返せないままだなんて……)


 情けない気持ちで押し潰されそうになった時。ふと何処かから声が聞こえてきた。


 ――真の強さは己が内にあり。己の力と向き合いし時、真に覚醒の時来る。


 まさか自分以外誰もいない空間で声が聞こえるとは思っていなかった雪風は、その声の主を探す。視線を彷徨わせて行き着いた先――それは自分のよく知る刀だった。


「【凛音天昇りんねてんしょう】……? なんで……」


 人造命具。それは自らの魂の現し身。心の奥底に隠れている本当の自分が宿った武具。鏡とも言えるそれは光を放って一つの形を象る。


 それは人の姿を取り、額には二本の角が生えて――徐々に作り上げられたそれは雪風を模していた。

 ただ、何処となく細部が違う。纏っているオーラが違う。


「……これは?」


 ――これこそ、汝のあるべき姿。鬼人族として、正しく力に目覚めた形。


 呆然と力強く威厳を感じる姿に見惚れ、焦がれる。


 ――本当にこれが目覚めた姿だというのであれば……。


 雪風の願いが通じたかのように、その鬼人族の姿は雪風に重なり合い、温かく柔らかな光に包み込まれる。

 心地よい光に包まれながら、雪風は再び目を閉じた。眠気によって誘われ、死んだという事実も忘れて彼女は眠った。

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