405・間近の死(雪風side)

 幾たびもの剣戟の中、雪風は疲れで身体に重石が括り付けられているように感じた。

 足は鈍り、腕は麻痺し、意識が闇に溶け込んでいきそうになる。


「よくもここまで持ち堪えた。お前の忠誠心は称賛に値する」


 力任せで振り回し、その隙につけ込んでこようとする一撃に容赦ない反撃を与え続けていたヒューは、目の前の少女を評価した。

 技術も力も経験も、何一つ足りない幼気いたいけな少女。ヒューの攻撃には到底耐えきれないはずだった。


 それがどうだ。何度も斬撃を退け、かすりながら、致命傷を逃れながら戦い続け、刀を振り続けた。

 それはただ一つ。エールティアという主が彼女を照らしていたからな他ならなかった。


 もはや言葉を紡ぐ事すら出来ず、息も乱れ、いつ崩れ落ちても不思議ではない姿。それを見てもヒューは哀れに思わなかった。

 むしろ美しいとすら感じている。


(……馬鹿な。この俺が、あの子以外の奴を評価するだと?)


 不自然に笑みが溢れる。一度気づいた感情は、ヒューの動きを揺さぶり、一瞬の隙を与える。


「『ふう……』ぁぁぁ!! 『うん……らい』ぃぃぃ!!」


 絞り出すような魂の叫び。命を注ぎ込んで作り出された魔力を受け、力強く応える魔刀。永く主人の想いを継ぎ、応えてきた鬼人族の至高の二振りは、叫ぶように風を巻き起こし、吠えるように雷を轟かせる。


 たった二言。一瞬の隙を得て彼女は己の全てを注ぎ込んだ。

 力強く燃えるような意思をヒューにぶつける。

 全身全霊を込めた一撃。雷は敵を灼き殺さんと周囲に殺意を振り撒き、風は吹き荒び、刃のようにヒューに向かって襲い掛かる。しかしそれは今までの戦い方とまるで違った。先程まで雪風は、風と雷のどちらかを必ず防御に回す戦法を取ってきた。慎重に守りながら攻めてきたはずの彼女が、ここにきて攻撃一辺倒に偏ってしまった。それはつまり、今の雪風には身を守る術がない事を教えていた。


 彩られた壁も床も破壊して迫り来る二つの死を目前として、ヒューは雪風の失態に気付く。常人なら恐れおくするところなのだが、彼は何の躊躇ちゅうちょもなく飛び込んで来たのだ。


「!!?」

「……死ね」


 まっすぐ狙われた心臓。いくらなまくらとはいえ、刺突を繰り出せば容易く身体を突き抜ける。

 回避をするには遅く、僅かな時間が長く感じるこの瞬間。いずれ迫りくる刃が乳房を裂き、心臓を抉る。頭の中でそれを瞬時に理解した雪風は、とっさに『風阿ふうあ』の力を使って左側から大きく強い風を自分の身体に叩きつける。

 勢いのあるそれは、まるで巨大なハンマーで横から吹き飛ばされるほどの威力があり、それほどのものを叩きつけられた雪風の身体は心臓を狙った切っ先を避けるように左側に吹っ飛んでしまった。


「――ぐっ、っぁ……!」


 息すら止まりそうな衝撃を受けた雪風の腕に焼けるような痛みが走る。心臓を貫こうとしていた刃が吹き飛ばされた雪風の左腕の端を抉ったのだ。

 体中に痛みが駆け巡るが、それでも心臓を抉られ死ぬよりは遥かにマシと言えるだろう。


 吹き飛ばされた彼女は、すぐさまヒューの方へと向き直る。戦闘態勢を崩さず、ヒューを睨みつけた。

 まともに喋ることも出来ず、必死に呼吸を整える雪風をヒューは感心するような目で見ていた。


「……よくもそんな奇策を思いついたものだ。一歩間違えたら自分で命を絶つところだったんだぞ?」

「そ……それでも、死にませんでした。貴方の手でも、自分の手でも」

「だが、その様子でどうする? 満身創痍で俺の攻撃を受け続けられるとでも?」


 ようやく呼吸を整え、それでも肩で荒い息をする雪風と対象的に、ヒューは息一つ乱れず、汗すらかいていない。


「……負けません。僕は……負けません!」


 手放してしまいそうな意識を掴み続け、睨むその瞳には生気が溢れていた。しかし、それは哀れにも見える。

 どれほど活力を漲らせようとも、肝心の身体が付いてこなくては何の意味も為さないからだ。

 先程の風圧で左半身は怪我を負い、今までのダメージの蓄積が表面化して、刀を持つ手すら震えていた。ヒューが後一撃でも加えれば、その手は容易く刀を放してしまうだろう。


 それでも彼女は決して弱音を吐かず、次の手を考えていた。

 自分が信頼を置いている『風阿ふうあ吽雷うんらい』の二振りでは歯が立たず、自身もまたぼろぼろで今の状態では満足に戦う事も出来ない。


 普通ならば諦めるだろう。だが――


「……【人造命刀『凛音天昇りんねてんしょう】』」


 雪風は残された切り札を使った。二振りの刀を鞘に納め、自らの魂とも呼べる一振りをこの世に顕現させる。

 透き通る刀身に柄全体が白く染め上げられ、先端に鈴が付けられた刀。雪風の信念を体現したそれは、威風堂々としていた。

 雪風がそれを握り締めると全身に残った力を終結させ、力強く床を踏みしめる。


「人造命具……。それに逆転の術が遺されているとは思えないな」

「そうかもしれませんそれでも……」


 腰を深く落とし、居合の体勢を取る。雪風の持つ最大の奥義を放つ構え。


「それでも、必ずエールティア様の道を切り拓いてみせます……!」


 主人の為に。ただそれだけの為に雪雨ゆきさめの指示を無視してまでここに来た。例え死に直面したとしても、ここでは一歩も引くわけにはいかなかったのだった。

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