404・具現化した死神(雪風side)

 じりじりと刀の柄を握り、どんな状況でも対応できるように構えながら迫る雪風だが、ヒューはむしろ無防備のまま観察を続けるだけだった。


「随分と死に急いでいるんだな」

「……そう見えますか?」

「実力差がわからない雑魚ではあるまい。それでも向かってくる理由なんて他に考えられないな」


 笑みを浮かべてはいるが、相変わらずその奥は酷く冷めていた。北国の冬の厳しさを宿しているのではないかと思うほどだ。


「……大人しく僕を通しては――くれませんよね」

「当然だ。ここは俺の家とも言うべき場所だ。むしろそっちが帰るべきだと思うがね」

「なら――」

「決闘ではっきりしよう……と言うのなら、先に断らせてもらうぞ」


 取り付く島もなく決闘を拒否されてしまい、雪風は内心当然かと嘆息する。

 元々決闘に持ち込めればラッキー程度の発言だったため、特に落胆もない。だが、残る手段は一つだけ。それが彼女の手に力を込める。


「……一応、理由を聞かせてもらってもいいですか?」

「単純な事だ。ここを荒らしたいなら命を賭けろ。ここで……本気で戦え」


 雪風の魂を冷たく揺さぶる。目の前にいる存在は正に死神。相当の覚悟で臨んだ彼女ですら、足が震えそうになるのだから。


「……わかりました。貴方を殺して、ここを手に入れてみせます」

「ほう、それが出来ると本当に思っているのか?」


 抜き放たれたのは『風阿ふうあ吽雷うんらい』と呼ばれる雪風が愛用している刀。遥か昔から受け継がれてきたそれは彼女の誇りであり魂。戦うと決めた彼女の心の在り方を映すほどに鮮やかな刀身をしていた。


「なるほど、中々の業物だな。しかし戦いはそれだけで勝てるものじゃない。お前も……新たな生を歩むと良い」


 ふ……と消えるかのように雪風までとの距離を詰めていくヒュー。その姿を目視出来ず、周囲を警戒する雪風は、目の前に現れたヒューに驚きながらも刀を振るう。


「甘い」


 迫ってくる刃を冷静に見つめ、ほんの僅かな隙間で回避する。立て続けに襲い掛かる斬撃の嵐を、ヒューはその悉くを鼻先を掠めそうな程度の距離で避け、着実に雪風へと迫る。


「くっ……!」

「死ね」


 間近で迫ってきたヒューの鋭い一撃が、雪風の頬を掠める。ほんの僅かなだが、確固たる差。


「お願い……『風阿ふうあ吽雷うんらい』――」


 まともに戦っても勝てる未来が見えない。その差を少しでも埋めるべく、刀の真の力を解放し、その上で更に魔導で限界以上の能力を解き放つ。身体に負担のかかる戦法だが、雪風はようやくヒューの動きを捉えられるようになっていたのだ。


「ふっ――!」


 なんとか付いて行けるようになった雪風は、更に斬撃を重ねていく。


「……! なるほど。身体強化の魔導か。足りない部分を補うというわけか。だがそれでも――」


 ヒューの視線は鋭くなり、更に一つ段階が上がったかのように動きが素早くなる。完全にギアが入ったヒューの動きは、先程とは比べ物にならない速さに、雪風は再び翻弄されてしまう。


「お前では俺には勝てない」


 ヒューの動きに徐々に追い詰められていく雪風は、『風阿ふうあ』に魔力を込め、風の刃を作り出し、『吽雷うんらい』によって雷を身体に纏わせる。攻撃と防御。同時に行う事によって隙をなくす。動きで負けている雪風にとって、一瞬でも押し切られればあっという間に負けてしまう。油断をせずに慎重に事を進めなければならないのだ。


「はぁ……はぁ……!」

「どうした? もう息が上がったのか?」

「まだ……まだぁぁぁぁぁっっ!!!」


 ヒューは息一つ乱れず、余裕の表情を浮かべている一方――雪風は既に息が上がっており、このままいけば間違いなく崩れ落ちるだろう。それでも雪風の瞳には諦めの色は浮かんでいなかった。


(敵わない……! このままでは負ける……!! だけど、それでも!)


「諦めない! 僕は……必ずエールティア様に受けた恩に報いる! 貴方を倒す!」

「恩義、忠心……か。そんな根性論で俺を倒せると本気で思っているのか?」


 心底小馬鹿にする視線を送るヒューだが、そこには一切の油断は見えない。冷徹なまでに雪風の実力を分析しているようだった。


「倒してみせます……! 絶対に!」

「威勢だけは良いな。なら――」


 距離を取ってテーブルの近くまで行ったヒューは、何か地面から取り出しているようだった。

 無意味に突撃して返り討ちに遭いたくなかった雪風は、警戒しながら刀に魔力を込めていると、ヒューは無骨な長剣を持ち出してきた。刃もロクに手入れされておらず、斬るよりはすり潰すように作られているようだった。


「そんな鈍らで何を……」

「耐久力を重視した結果だ」


 力強く一歩踏み出して放ったヒューの一撃を受け止めた雪風は、その攻撃の重さに驚きを隠せなかった。

 一本の刀では支えきれず、下に受け流すことでなんとかしのいで追撃を行う雪風に合わせるように二撃目は放たれ、真っ向から剣と刀がぶつかり合う。


「こんな……!」

「この程度で俺と張り合おう、なんてな。自らの浅はかさを呪え!」


 ヒューが武器を持つことによって生じた戦力差は、雪風が想像している以上に重くのしかかる。

 単純に避けてくれた方がむしろ行動を制限できてた先程違い、今の彼はより一層その凶悪さを表に出してくるのだった。

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