389・気まぐれの力(ファリスside)
「……どうした? もう終わりか?」
挑発するように鼻で笑うフレルア。だが、ファリスは完全に落ち着きを取り戻し、攻め込もうとはしなかった。
戦意喪失したファリスを残念がるようにフレルアは戦闘態勢を解く。最初はあまり乗り気ではなかった彼だったが、いつの間にか興が乗って楽しんでいたようだ。
それが肝心の相手が完全に戦う気力を失っては、やる気も削がれる。
「つまらん。途中で気力がなくなるなら、最初から戦いなど挑んでくるな」
「うるさいわね。別に続けてもいいけど、相手にしてる場合じゃないって思っただけよ」
(こんなの相手にするより、早く終わらせてティアちゃんのところに戻りたいんだもの。興味は湧いてきたけど、こんな
もう少し早くこの思考に気付いていれば戦闘リスクも減らすことが出来たのだが、直情的なところもファリスらしさがあった。
「気は済んだか?」
「……ええ」
「それは良かった。……そっちも、もう戦う気はないよな?」
全く心配しているようには見えないローランは、改めてフレルアに質問する。ファリスの事がわかる彼であっても、対戦相手の心までも理解する事は出来ない。だからこその確認だった。
「……こちらも戦いを続けるつもりはない」
若干疲れた様子のフレルアは、奥へと続く扉の方に向かう。
「来るがいい。ここで立ったまま話をするのもなんだからな」
先程の態度とは一変するかのように奥へと案内するフレルアに対し、どうすればいいかと悩む三人だったが、ファリスがさも当然のように後に付いて行った事から残った三人共遅れないようにと歩みを進めた。
フレルアを先導として奥へと進んだ一行が目の当たりにしたのは全体的に黒で装飾された広い部屋だった。
黒に金の刺繍が入った絨毯にソファ。まるで王座かのような立派な椅子。玉座の間を簡素化したものと言われても不思議ではない光景がそこには繰り広げられていた。
他にも続く部屋からは調理場やかつてローランやライニーが入れられた牢屋紛いの部屋もある……が、そこには一切の装飾は加えられていない。
ダークエルフ族がいなくなった後、フレルアが自らに相応しい居室を作り上げたのだ。
そんな事情を全く知らないレイアとアルフは驚きと素晴らしいものを見ているかのような喜びの混ざった表情を浮かべ、ローランとファリスは自分達が知らない場所に変わっていることによる戸惑いを隠せずにいた。
「好きに寛ぐといい。飲み物が欲しいなら向こうにある」
「……なんでこんなに変わってるんだ?」
理解がようやく追いついてきたローランの問い掛けに対し、『何を言っているのだろうか?』と言いたげな顔で首を傾げられてしまった。
「アレは我には相応しくない。愚かな種族のみすぼらしい様にいつまでも付き合える程、我は酔狂ではない」
「普通、腕輪で命令して行動を縛ると思うんだけど」
王座で寛ぎながら鼻で笑い、さも当然かのように答えるフレルアは、ファリスの質問にも同じような態度をとった。
彼からすれば、君はなぜ腹が減るんだ? とでも聞かれているような問い掛けだったからだ。
「あのような玩具、外すことなど容易きことだろう?」
唖然とした雰囲気が満ちていく。
それも当然だ。フレルアのように【隷属の腕輪】を外すことは容易ではない。
魔導の経験や技術。魔力の量に強いイメージ……。
そのどれもが必要とされる行為を、フレルアはさも当然のようにやってのけたのだ。
そこに広がるのは驚き。強制命令を執行されなかっただけのファリスも、治癒系の魔導には疎い。
この場で【隷属の腕輪】を外せる者――それはフレルア以外存在しなかった。
「……簡単に言ってくれるな。俺達は……その玩具に散々振り回されたってのに」
乾いた笑いを浮かべるローランも、目の前の少年がただ『強い』だけの少年ではない事を認識した。
「それで、なんで腕輪もないのにここにいるの? 自由に外に出て色々満喫すればいいじゃない」
「それもまた一興。だが、我が求めるは安住するに足り得る場所。ここに創り出す事が出来るのであれば、無理に動く必要もあるまい」
はぁ……とため息を吐く姿に、むしろこっちの方がため息を吐きたいと思うファリス達。そんな四人に構うことなく悠然と王座に腰を落ち着いている姿は、大物を連想させる。
「それで、わざわざこのような場所まで何をしに来た?」
「……ダークエルフ族が次に何を起こすか知りたい。だからこの拠点にある資料が欲しくてここに戻ってきたんだ」
ここで嘘を言って疑われるわけにはいかない。真っ直ぐ誠実に話すことで信頼を得ようとローランは考えた。結果的にそれはプラスに働く。
「ふむ……あの場所か。我には興味のない事だ。欲しいならばいくらでも持っていくといい。なんなら、ここで吟味していくのも良いだろう」
「いいのか?」
「うむ。快適さは保障せぬが、ゆっくりしていくといい」
フレルアはそれなりに機嫌よく、四人が滞在する事を認めた。
最初の出会いがかなり不安だっただけにファリスを除いた三人は安堵した。何はともあれ、敵対しなくてよかった……と。
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