382・邪悪な研究

 ヒューマの案内で辿り着いたダークエルフ族の秘密の場所は、何かの研究に使われていたであろう機材が合ったり、何かの術式が床に書かれていたりと明らかに他の場所と違っていた。


「なんだか不気味な場所ですね……」


 如何にも怪しげな雰囲気に飲み込まれたのか、恐る恐る周囲を観察しているジュールの呟きには同意だ。

 魔導具の光がなかったら、もっと不気味さが現れていただろう。


 整然としていた上の部屋との違いに驚きながらも一冊に纏められた本を手に取る。

 それは悪魔族の魔法について詳しく書かれていたもので、その仕組みや技術を発展させる方法が事細かに書いてある。いわゆる『禁書』と呼ばれる類の本だった。


 悪魔族にしか使えない魔法――【偽物変化フェイク・チェンジ】は別人に姿を変える。だけど全くの違う人ってわけじゃなくて、他人の記憶や顔を自分に写してその人になりかわる魔法だ。写し終わったら残りは邪魔になるから殺しておくのが常だ。


 昔はその手で様々な国の中に入り込んで色々と探りを入れていたらしいけれど……今の悪魔族にも使える者はいるらしいけれど、昔のそれとは大幅に性能を落としているらしい。

 初代魔王様の政策で相当悪魔族とダークエルフ族は相当減ったからね。元々才能がないと使えない魔法だけに、完全な状態の【偽物変化フェイク・チェンジ】はほとんど絶滅しているといって差し障りない。

 だからそれ以上にダークエルフ族とエルフ族の見分け方に注力する事になったんだけど……もしまだ使える悪魔族がいて、ダークエルフ族に協力しているとしたら……。


「なるほど。これは随分刺激の強い本ね」

「知りたい事は書いてありましたか?」


 この本の中身を知ってるのか知らないのかいまいち読めない顔を覗き込ませて来たヒューマを放っておいて、今度は違う本を手に取る。そこには魔力の操作に長けた『エルフ族』について書いてある。

 多分これはダークエルフ族の事だろう。彼らは自分たちこそが真の『エルフ族』だという主張を持っているし、ここはそのダークエルフ族の拠点の一つだしね。


「いいえ。悪魔族の魔法については相当研究を重ねているみたいだけれど……これだけじゃね」

「こっちにはエルフ族の魔力や魔法について書いてありました」



 パタン、と本を閉じたジュールは、ため息を吐いていた。

 アイビグはまだ探しているみたいだし……まだ一、二冊手に取ったばかりだ。他の本も読んでみよう。


 ヒューマはクーロと何か遊んでいるようだし、スゥはアイビグの肩で変わらず眠りについている。彼らに期待出来ない以上、私の方も頑張らないとね。


 ――


 様々な本を読みふけっていると、わかってきたことがある。

 ダークエルフ族が悪魔族の魔法を研究して編み出した魔導――それが【写身複製コピー・ホムンクルス】だ。死者の魂を魔力と血肉で定着させて、複製元の身体の一部を依り代として可能な限り記憶を継承させつつ新しい命へと昇華させる魔導……いいや、邪法と言ってもいい。


 必要な血肉は『隷属の腕輪』で集められた奴隷達だ。以前、奴隷を集めていた彼らの拠点の一つを叩いた事がある。恐らく、複製体を作る為だけに集められていたのだろう。

 嫌な気分だ。私も転生前は向かってくる敵を殺した。だけどこれは……それ以上の悪逆だ。


 どうやって複製体の子達が作られていたか、考えなかったわけではなかった。無から有を作り出すことが出来ない以上、何かしらの仕組みがそこにはあるからだ。

 だけど、こんな事なら知りたくなかった。とても許される所業じゃない。


「……【イグニ――】」


 本を閉じて【イグニアンクス】を唱える途中で……その口が重くなってしまった。ここでそれを使ってしまえば、辺り一面を火の海にして私達の全てを焼き払ってしまう。そんな事に考えが及ばなくなるほど、私は激昂していた。この本の全てに。これを生み出したダークエルフという種族に。


「ティア様? どうされたのですか?」


 心配そうにのぞき込んでくるジュールに出来るだけ心配を掛けないように深く息を吸って吐く。何度も繰り返していくうちに少しずつ落ち着いてきた。


「いいえ。何でもないわ。それより、何か火を起こす道具とかないの?」


 ジュールに心配を掛けないように気を払いながら、ヒューマに何か燃やせるものが欲しいと伝える。

 すると彼は渋るような様子で、仕方ないとばかりに持っていたであろうマッチを手渡してくれた。


「持ってはいますが……ここで火はあまり……」

「大丈夫。これを燃やすだけだから」


 ヒューマから受け取ったマッチに火を灯して醜悪な研究結果を綴ってある本を燃やす。

 燃え広がらないように大半が燃えてから魔導で消火する。残ったのは炭になった本。

 ……これだけ燃やしても何にもならない。だけど、燃やさざるを得なかった。


 こんなもの、一冊でも未来に残してはいけない。今ここで根絶させないといけない。そう思ったから……自然と身体が動いてしまった。


「エールティアの姫様。こんなもの見つけたんだが……」


 探し物に没頭していたアイビグが私に一冊の本を差し出してきた。受け取ったその表紙は特に何の記載もなく、見た感じでは古ぼけた本でしかなかった。

 だけどたかだかその程度でアイビグが驚き怖がるような表情をするはずがない。何かがある――。


 少し覚悟を決めて本を開いてみる。そこに書いてあったのは……様々な負の感情を凝縮していた日記だった。

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