364・図に乗る護衛
不満不平を並べ立てている男どもと半泣きになりながら困っているナースの間に割って入る。
「ほら、早く行きましょう」
「あ、あの……でも……」
「あんなの放っておきなさいな」
手を掴んで引っ張ろうとするんだけど、やはりそれを遮るように立ちはだかったのは、今にも破裂しそうな程真っ赤になっている男だった。
「きっさまぁぁぁ……! 何様のつもりだ!!」
「貴方こそ、何様のつもり?」
様々な決闘や魔王祭にも出ていた私は、結構有名だと思うのだけれど……なんで貴族の護衛っぽい彼らが知らないのだろう? 貴族というのは情報を集める能力がなければならない。
どんな些細な事であれ、敏感に察する事ができなければあっという間に蹴り落とされてしまうのだから。
こうして目の前で何も知らずにふんぞり返っている馬鹿を雇っている時点で程度が知れる。
「ふん、無知なガキが……! いいか? エルットラ様のご子息がお怪我をされているんだぞ! 商人といえど、貴族様方とも懇意にされている御方だ! 平民風情よりも手厚い看護が必要なのは当たり前だろうが!」
喚き散らしているのが更に鬱陶しい。私からすれば、だからどうした? という話だ。
貴族の護衛かと思っていたけど、ここら辺で有名なのであろう商人に雇われている連中とはね。
……世情に疎い商人ってどうなんだろう? まあいいや。話を聞いても何の感情も湧いてこない。
むしろファリスが怒りが振り切れないかとヒヤヒヤする程度だ。
「そう。怪我人に平民も貴族も関係ない。そんなに痛いのが嫌なら、自分のところで魔導医を囲っておくことね。自業自得よ」
「なんだと……!?」
これ以上話す事はない。馬鹿共に背を向けるように踵を返して、怯えているナースに笑顔を向ける。
「さあ、行きましょう。重傷の人から順番にね」
「え……ですが」
「良いのよ。ああいうのは気にしたら負け」
どうせ大した事は出来ないし、むしろしてきたらこの世にいる事が出来なくなるようにするだけだ。
「ば……馬鹿にしやがって……クソガキの分際でぇぇぇ!!」
背後から殺気を感じる。それはとても拙いもので、自分がどんな存在にそれを向けていて……その結果がどうなるかすらわかっていない者のそれ。
「うぉらぁぁぁぁぁ!!」
鞘から剣を抜く音が聞こえ、私の頭から振り下ろすように風切音が――聞こえかけて別の音に掻き消されてしまった。
「――あ?」
ファリスが目を見張り、アイビグとナースが驚いた表情を浮かべている中、間抜けな声が後ろから聞こえた。
背中で感じるのは研ぎ澄まされた殺気。それを向けられている男の首を斬り落とせるのではないか? と錯覚しそうになる程の濃密な殺気だ。
「――よくも」
一言。怒りに声が震えるそれは、私に害を為そうとしていた人たちを怯えさせるには十分なものだった。
改めて男達の方に視線を向けると、そこには私のよく知る――雪風が刀を抜いて構えていた。
「よくも、エールティア様に……ティリアースの次期女王陛下に刃を向けましたね! 不遜な態度、傲慢な振る舞い、万死に値する!!」
あまりの怒りに喋り方までちょっと変わってる。おまけにその動きは更に磨き上げられていて、直線での速さは恐らく誰も追いつけない程だろう。
突然の割り込みに唖然とする者。次第に顔が青ざめていく者と様々な反応をしていた。
「じょ、女王……陛下……!? ば、馬鹿な……!」
「どうしました? 腹を切るなら介錯を務めてあげましょう。潔く――」
「雪風。ストップ」
鋭い視線は男達を射貫いたまま、雪風は口を
深いため息を吐いたけれど、本心では彼女の憤りを嬉しく思う。だって、この怒りは私を想ってのもの。
他の人が同じようになっても、彼女は怒りはしないだろう。それがなんだか……胸が温かくなるほど嬉しい。
「さて――」
「あ、あの……」
「『クソガキ』はちょっと不味かったわね」
今私が威圧したら色んな所から液体が漏れ出しそうな程に震えている男共には呆れしか出てこない。
「す、すみませんでした!」
耐え切れずに地面に頭を擦りつけてきたけれど、別にそういうのは望んでいない。
上辺っつらの謝罪なんて心に届くわけがない。あまり私を甘く見ないで欲しいものだ。
「……まずは憲兵を呼びましょうか」
「……! そ、それだけは……!」
「言葉には責任が付き纏う。貴方の言動に対する罪はしっかりと償いなさい」
まあ、普通に考えても死罪なんだけど、そこは私から口を聞いておいてあげよう。
ティリアースの公爵令嬢を公然と侮辱したのだから、そこははっきりとさせておかないとね。
それで彼らの雇い主に迷惑がかかるとなっても、自業自得でしかない。
「まっ……!」
「さあ、行きましょう」
「え、あ、は、はい!」
私がどういう人物か理解してしまったナースは、別の意味で萎縮してしまった。
……なんだか怖がられてばっかりだけど仕方がない。
本来なら絶対にここにはいないような立場。それが私なんだから。
普段は気軽に接してくれている人達ばかりだから、忘れてしまいそうになるけどね。
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