363・西地区の治療院

 治療院に辿り着くと、そこには凄惨な光景が広がっていた。


「いてぇ……いてぇよぉ……」

「おかあさーん……」


「早く治してくれよ! あんたら魔導医だろ!?」

「頼む! 娘を……娘を治してくれぇぇ!」


 この世の地獄というのは、正にこういう事を言うのだろう。

 腕や足をなくした人。深い傷を負って満足に動けない者。軽傷の癖に他人の迷惑を省みないで騒ぎ立てる馬鹿――軽い重い関係なく、様々な痛みを訴える人達でひしめき合っていた。


「まさかここまでなんてね……」


 あまりの光景に――いや、予想は出来ていたはずだ。

 死んだ兵士達を見た。建物が崩れ、瓦礫の山になっている光景も。

 これは戦争だ。私が見ている場所が、歩いてきた道が全てではない。私やファリスや……ローランのように強い人達ばかりじゃないんだ。


「あ、あの……すみません! 少々お待ちください!」


 様々な魔導医や看護師が慌ただしく動き回り、疲れた顔を隠すように必死で医療行為という戦いを繰り広げていた。


「ここまで……なんてな」


 ぽつりと呟いたのはアイビグ。スゥは……何を考えているのかよくわからない。彼女は変わらずだるそうにアイビグの肩に止まっている。

 ……とりあえず、彼女の方は置いておこう。アイビグは驚いているけれど、それも仕方ないだろう。


 複製体の全員……かはわからないけど、彼らは戦う為だけに造られて育った。だから基本的にその後の事なんて考えたことすらないのだろう。

 ……もっとも、環境や思想の問題なんかもあるんだろうけどね。


 その点を見たら、ファリスやスゥよりはまともな神経をしている。二人なんて全く興味なさそうに手持無沙汰に視線を彷徨わせていた。


「あ、あの……!」


 全く興味を持っていない二人と現状に戸惑っている一人。そしてこの光景が当然であるかのように見下ろすような視線を向けていた私達の異常性を感じ取ったのか、おどおどとしてどう接したらいいのかわからない顔をしているナースが歩み寄ってきた。


「兵士達にここに行くように教えられてね」

「あ……す、すみません。今は手が離せない状況でして……」


 確かに、私達は一風変わった態度を取っているけれど……そこまで萎縮する必要があるのだろうか?

 それに、最初はおどおどとした感じだと思っていたけれど……それを上回る恐れを感じる。

 まるで大型の魔物にでも遭遇したかのような――


「姫さん。多分、あんたが全く怪我してないのが原因だろ。どっかの貴族令嬢が無理難題突き付けてくるんじゃないかと思ってるぜ」

「は?」


 いやいや、この状況でそんな事考える訳――とそこまで思ったけれど、よく考えたら私の服は全く汚れていないし、ファリスも小奇麗にまとまっていて、汚れなんてない。スゥはともかく、アイビグは癒したけれど服に血がついているし、砂やほこりでいかにも戦いましたという様相を呈している。


「あー……護衛と勘違い……」


 アイビグの肩でうつぶせになっているスゥが――!


「……まともな事も以外も喋れたのね」

「そりゃそうだろ」


 呆れた顔をされたけど、スゥは大体「面倒」とか「だるい」とかが基本。彼女のそれらは猫人族の語尾に「にゃ」とか「みゃ」とかが付くほどには当たり前の事だと思っていただけに意外さしか感じなかった。


「あの……」

「ああ、ごめんなさい。兵士に何か出来る事がないか聞いたら、ここを紹介されたの」

「で、でしたら……お医者様ですか!?」


 先程とは別の意味で戸惑った視線が一転。驚愕から喜びと感動に満ちたものに変わっていった。

 まるで恐ろしい魔物に出会ったと思ったら、実は清廉な天使だったとわかったかのような変わりようだ。


「医者……ではないけど、治療系の魔導は使えるわ」

「良かった……! 本当にありがとうございます! 早速こちらに――」

「おい! ちょっと待てよ!」


 意気揚々と私達を案内しようとしたナースの行く手を塞ぐ集団が現れた。

 唐突というか……まるで裏で打ち合わせたかのように前に出てきた。


「こっちはもうずっと待ってるんだぞ! 早く治療しろ!」

「しょ、少々お待ちください! まだ重傷の患者様が――!」

「ふざけるな! こっちだって重傷者がいるんだぞ!」

「そうだ! 怪我人を差別するな!!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てているのを見てると呆れた気分になる。

 アイビグも似たような事を考えていたようで、眉をひそめて面倒事になりそうで嫌だ……という顔をしていた。


「こんな場所でも馬鹿は馬鹿なんだな」

「はぁ……面倒だね」


 良かった……スゥが元に戻った。何故か安心感がある。


「アイビグ、そういうのは余計な火種を作るだけだから、小声で言いなさい」

「なんだか心底どうでもいいって顔してるよ」


 それもそうだ。彼らはかなり立派な服を着ているし、剣も鞘や柄に装飾が加えられてて、見るからに高そうな感じがする。お貴族様の護衛って感じだ。

 こういうのは言葉を並べ立てても無駄。自分達が世界の中心とでも思っている典型的な屑だ。


 何を言っても聞かない相手の話なんて心の底からどうでもいい。早く終わらせて患者の治療に入った方がよっぽど効率的だ。


 ……仕方ない。地位や爵位を笠に着ている相手をナース一人でするのは厳しいだろうし、そろそろ助け舟を出そうか。

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