350・スライムとの和解(ジュールside)

 エールティアが部屋から離れ、二人っきりになったファリスとジュール。

 余裕の態度と表情で優雅に深紅色のお茶で喉を潤す一方で、どう話を切り出そうかと思い悩み、ちらちらと視線を目の前の黒髪の少女に向ける赤髪の少女。


 先に切り出したのは、黒の方だった。


「わたしはね、あなたの事が嫌いなの。わかる?」


 冷めた瞳。まっすぐに心を射抜くそれは、否定的な色を宿していた。

 そんな視線に貫かれ、ジュールは更に言葉を失ってしまう。


 ただでさえ何も言えずにいたのに、完璧に封じられてしまう。


「スライム族の癖に、ティアちゃんの力の半分も受け継ぐ事の出来なかった能無し。アシュルから力を分けて貰っているはずなのに、なんでそんなに弱いのかしら?」

「わ、私は……!!」

「あの時も言ったでしょう? 『力も無いのに、強者の隣でうろちょろしないで。目障りだから』って」


 ジュールの怒りに満ちた視線を涼しげに受け止めるファリス。それだけでも彼女達の力関係がはっきりと伝わってくる。

 どれだけ怒っても、憤っても。決して敵わない存在なのだと教えられる。


「昔のスライム族は主人の心の奥底に触れて、主人を理解していた。隣に立つべき者として、少しでも力の根源に触れようと貪欲に追求していた。なのに……今のスライム族にはそれがない。必死じゃない。そんな体たらくで、あの子の隣に立たないで」

「必死になってない訳じゃない。私は、ティア様の為なら――」

「そう。だったら……あなたのせいで、ティアちゃんは死ぬかもね」


 空気が凍りつく。全てを否定したい。そんな厳寒に苛まれ、ジュールは震えることしかできず、満足に言葉を紡ぐことすら叶わない。


「え? な、ん……」

「ティアちゃんは幸せを知って、優しさを知った。……仲間っていう弱点が生まれた。貴女やあのお付きの鬼人族の為なら、ティアちゃんはどんな苦境も困難も、正面から立ち向かうでしょうね。あらゆる最善を駆使して、仲間を守る。それはそれは素敵なことね。肝心の仲間が『足手まとい』じゃなければ」


 強く言い返す事もできず、ジュールはただ耐える。

 足手まといである事は隠しようもない事実であり、覆しようのない真実だった。

 それを感じていたからこそ、強くなりたいと願っていた。だがそれも……ファリスからすれば児戯と変わらない。彼女ははっきりとジュールに付きつけたのだ。


「色々きつい事も言ったけど別に貴女自身を否定している訳じゃないのよ? ただ……安全なところでだけ、お友達としてティアちゃんを支えてあげてって言ってるの。簡単でしょう?」


 強い口調と言い方に、ジュールはたじたじになってしまう。

 どうあがいても彼女の言葉に逆らえない。それはまごう事無き真実だった。

 圧倒的上からの物言い。それを看過しなければならない自らの弱さ。様々なものがジュールに圧し掛かり、苛む。


「わた……しは……」


 息が詰まり、満足に言葉を放すことも出来ず、荒い息遣いでファリスを見つめる。

 圧倒的強者と弱者。立場の違う二人は対照的な表情を浮かべていた。


 本来なら既に降伏していただろう。

 ファリスの言い分を全面的に認めているからこそ、ジュールは下手に出るしかなかった。

 だが――


「そ、それ……でも! 私はティア様と……ティア様と一緒に行く!」

「ティアちゃんの足を引っ張るとしても?」

「……い、今の私……は、あ、貴女が言うように大した力を持っていないのかもしれない。弱く、て、足手まといになる……のかも、しれない。だけど! 私は……私は! ティア様の側にいられる人になる! 絶対に……!」


 沈黙が周囲を包み込む。刺々しい程の圧力の中、ジュールはまっすぐファリスを見つめていた。

 何度も詰まりながら言葉にしたそれには一切の嘘偽りのない誠の感情が込められていた。


 それを感じ取っていたファリスの無言の圧力をじっと耐え続けていたジュールは、今にも息が止まって気絶しそうな程の圧迫感と戦っていた。


「ふーん……それじゃ、こうしましょう。わたしがあなたの事、鍛えてあげる。付いてこれるなら今よりずっと強くなれるわ」

「……ど、どうして?」


 なんでいきなりそうなるのか理解不能だったジュールは、困惑を全く隠せずにいた。

 当然だろう。散々否定されたあげく、いきなり力になってくれると言われたのだ。誰だって同じ反応をするだろう。


「ティアちゃんはわたし達に仲良くしてもらいたいみたいだからね。でも、わたしは弱い奴がティアちゃんの隣にいることなんて我慢できない。彼女の隣が一番相応しいのはわたしだもの」


 それが当然であるかのように自信に満ちた表情。それは確固たる自分を持っている証拠。強者としての姿。


「だから強くしてあげるのよ。せめて後ろに立っても恥ずかしくないように、ね。わたし自身、あまり気は進まないけれど、どうするかはあなた次第」

「わ、私は――」


 急展開で戸惑いを隠しきれなかったジュール。それでも彼女の心は一瞬で決まった。

 たとえどんな事であろうと……それこそ挑発し、完膚なきまでに打ちのめした相手であろうと。


 ジュールの心は既に固まっていた。

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