349・からかわれる少女

 心の準備も出来ないままファリスとジュールを引き合わせる事になった私は、この重苦しい静寂をどう打開しようかと頭を悩ませていた。

 この二人の決闘は私も見ていたし、ファリスに何かを言われてジュールが焦っていたのも見ていた。


 だからこそ、こんな風になるのは仕方ないと思っていたけれど……それでももう少し時間を置いてからにしたかった。


「……あの、お茶でも淹れてきますね!」


 三人で向かい合うように座って、テーブルがなければ葬式か何かかと勘違いしそうな程の空気を一番最初に壊したのはジュールだった。


「あ、私が代わりに淹れるから――」

「いえ、ティア様にお茶を淹れてもらう訳には……ですので、ちょっと待っててください!」


 バタン! と勢いよく扉を閉めて、残されたのは私とファリスの二人だけ。にやにやと楽しそうにこちらをみてくる視線が痛い。


 中途半端に立ちあがった私は、どうにもいたたまれなくて……黙って椅子に座りなおした。


「最初からこうなるとわかっていたと思うんだけど……わたし、いない方が良かったんじゃないかな」

「わかってる。だけど、いつシュタインが攻めてくるかわからないんだもの。時間は有限。それもいつ期限が切れるかわからない。だから……」

「わたしとあの子を仲良くさせたかった? ふふっ、ティアちゃんも随分丸くなったのね」


 まるで産まれた時から……いや、それ以上前から私を知っているような、そんな意味深な笑みを浮かべている。思わず突っ込みたくなるけれど、そういえばファリスは『ローラン』の記憶を持っているんだった。知っているわけだ。誰も知らない転生前の私の事を記憶している数少ない人物なのだから、当然だろう。


「昔ならそこまで考えが回らなかったのに……気遣いに慣れてないからこんな風になるんだよ」


 そのにやにやとした嫌な笑みを浮かべるのをいい加減やめて欲しい。

 だけどそれを強く言えないのは、彼女の言ってる事が図星だからだ。


「もっと普通にすればいいのに。変に余計な気を回すからそうなるんだよ」

「そんな事言われても……仕方ないじゃない」


 少しだけ頬を膨らませると、彼女は楽しそうに目を細める。


「ふふっ、だけどそう思う気持ちもわからない事もないよ。ティアちゃんの気持ち、伝わってくる」


 まっすぐな瞳でそんな事を言われると若干照れくさいけれど……それで今までの意地悪が帳消しにされたわけじゃない。


「だからあまり気が進まないけれど、ちょっとだけ歩み寄ってあげる」


 ふふん、と胸を張って見下ろすように強者の笑みを浮かべているけれど、まるで私が下に見られているように錯覚してしまう。自信満々だけど、少しだけ腹が立つ。


「だから、今度一緒に寝よう? ね?」

「また随分と高い要求を出してきたわね……」


 というか、最初からそれが目的だったんじゃないかと思うほどの流れだった。私自身、好意を持ってくれているのは嬉しいけれど……ちょっと度が過ぎる。感情に流されるのは悪い癖だけれど、こればっかりは仕方がない。


「……シュタインとの戦いの時にしっかりと成果を残してくれるなら、それくらい構わないわ」

「ほ、本当!? 嘘じゃないよね!?」


 がたっと大きく椅子を揺らして立ち上がった。

 手で強くテーブルを叩いてからだから、余計に力が入っているようだった。


「本当にそれだけでいいの? もっと他に――」

「それだったら、ティアちゃんをお嫁さんにしてもいい?」

「それは駄目」


 なんで私絡みになるのだろうか。しかもお嫁さんって……。

 もっと他にないのだろうか? ……まあ、まだ私の事しか知らないのだから仕方ないのかも。

 まだきちんとした『自分の欲』というものがないのだろう。


「えー……だって、ティアちゃんと初夜を――」


 とんでもない事を口に出そうとしているファリスは、扉が大きく開いた音によって遮られてしまった。


「お、お待たせしました!! 三人分、淹れてきました!!」


 何故か普段なら出さないような大きな声で入ってきたジュールは、急いでテーブルにティーセットとお茶に合いそうな菓子を更に盛り付けてだしてくれた。

 かなり綺麗に盛り付けているけれど、わざわざ宿の人に頼んで台所を使わせてもらったのだろう。


 私達の方もそうやって使わせてもらっている。許可が必要で少し面倒だけれど、私は深紅茶を飲むことが多いから事前に済ませてあるけれど……彼女は違う。

 わざわざ私やファリスの為に許可を取ってくれたという事だろう。


 かちゃかちゃとソーサーやお菓子の入った器を並べているジュールは、しきりにファリスの事を気にしていた。

 戸惑いと怒り……そして困惑の、色んな負の感情がないまぜになっているようだった。


 また少しずつ空気が重くなっていく。このままではまた最初の頃に戻ってしまう。そうなったら、また繰り返されるだけだ。


「……ティア様」

「どうしたの?」

「出来ればその……ティアちゃんはちょっと外に出ててくれませんか? その少しだけ彼女と二人っきりでお話をさせてください」


 その言葉に私は素直に驚いた。まさかその言葉が飛び出してくるなんて思ってもみなかったのだ。

 思わず二度見をしてしまうほどの衝撃。ジュールは真剣な表情で私を射貫くように真っ直ぐ見ている。

 復讐とかじゃなくて、純粋に彼女に言いたいことがあるのが伝わってきた。


 ……深紅茶が冷める。それも困ったものだけど、このまま微妙な雰囲気が続くのも困る。

 なら……私がいったん出ていくしかないだろう。それで上手くいくなら……一旦離れた方が良い。


 ある種の賭け……になるけどね。

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