331・光の後ろの影(ファリスside)

 決闘が終わり、ファリスはどこか満ち足りた表情を浮かべていた。彼女の最も愛する人であるエールティアと本気でぶつかる事が出来た。ただ……それでもエールティアの全力に対応する事が出来なかった。それだけが、ファリスの思い残す事だった。


 優れた剣。技。魔導……全てを併せ持っていたエールティアは、果たしてあれが本当の全力だったのだろうか? それはファリスにはわからない。エールティアは全力を出したつもりでも、無意識の枷がついていたのかも知れない……。

 それは本人もわからない。ましてやほとんど戦った事のないファリスには知るはずもなかった。


 ただ、自分を上回る強さでエールティアは応えてくれた。それだけで彼女は満足だった。


 もっとも――不満に思う者も中にはいるのだが。


「……おい! どういうことだ!」


 控え室に戻ったファリスを待ち受けていたのは、顔を真っ赤にして怒りをまき散らしている男――シュタインだった。


 烈火の如く怒るシュタインを、冷めた目で見るファリス。彼女にとって目の前の男はどうでもよく、むしろエールティアとの戦いの余韻をぶち壊す原因でしかなかった。


「どうもこうも……負けちゃっただけじゃない」

「お前……あれだけ自信満々に言っておいてあの体たらくはなんだ!! 魔王祭であの憎き聖黒族の女を倒す! それがお前に課せられた――」

「あまり調子に乗らないで」


 怒りをまき散らすシュタインに腹を立てるように殺気を振りまくファリス。元々戦いに不向きで、自分でエールティアに勝つことが出来ないシュタインにとって、そんな彼女とまともに渡り合えるほどの猛者の殺気に耐えられるはずもなかった。

 ふらふらとよろけるように後ろに下がった彼が座り込まなかっただけ大した精神力の持ち主だと言えるだろう。


「わたしはあの子と戦って満足してるの。これ以上無粋な真似するなら……殺すから」

「……は、はは」


 目の前に迫る死の香り。間近に迫るそれに対し、シュタインは渇いた笑い声をあげる。しかしそれは死を恐れた者の笑いではなかった。


「何が可笑しいの?」

「ふん。自分の身の程を知らない発言しているのが滑稽だと思えてな」

「……そう」


 笑みを浮かべているシュタインに対し、ファリスは憐みの視線を向けていたが、彼は全く気にしていないように見えた。他の者ならそれだけで不気味さを感じるのだが……エールティア以外のほとんどに興味が薄いファリスは特に気にも留めなかった。


「ファリス。お前はもう用済みだ。魔王祭に優勝する事も出来ない役立たずは必要ない」

「そう。それを聞いて安心したわ。わたしもこれ以上あなたたちに付き合う義理もないしね」


 安堵するように息を吐いたファリスは、今までシュタインと付き合うのすら嫌だったと嫌悪感を露わにしていた。


「なるほど。良かったじゃないか。お互い……これで心置きなくやれるな」


 不穏な気配を放つシュタイン。それをファリスは小馬鹿にするように見ていた。戦闘力はどう考えてもファリスの方が一枚も二枚も上。天地がひっくり返っても到底敵うものではない。それをはっきりとわかっているからこそ、侮りを隠すこともなかった。


「わかって言ってるの? あなたじゃわたしには勝てない」

「はん、それくらいわかっている。僕はお前のように野蛮な事は得意じゃないんだよ」


 小馬鹿にするように笑ったシュタインが取り出したのは一つの瓶。中身は真っ黒で泥のようなもので満たされていた。


「……なに、それ?」


 嘲るような視線で疑問を投げかけられたシュタインは、それに応える気はなかった。今から倒す相手に余計な情報を渡したくなかった……というのもあるが。


「なんでもいいだろう。どうせここで終わるんだからな」

「随分な自信じゃない。ロクに剣も振るえない弱い男に産まれたこと、後悔させてあげる」


 何か仕掛ける前に叩き潰す。決断したファリスの動きは素早かった。控え室に自分達以外の誰かが潜んでいても構わない。それも含めて全員始末すれば良い。そう考えての行動だ。


 ――それがファリスの命取りとなった。


 飛び出してきたのは小さな妖精――ライニーだった。悲しむような表情でファリスの前に立ち塞がった。


「【シャイニーブラインド】!」


 激しい輝きを放つ目眩しの魔導。突然に放たれたそれは、見事にファリスの視界を捉える。


「きゃああ!? ……くぅぅぅっ!」

「ライニー。よくやった」


 ほくそ笑むシュタインは瓶の蓋を開け、ファリスに向かって放り投げた。

 近づいては不味いと後ろに下がりながら瓶を斬り捨てる。


 その瞬間、斬撃に反応した黒い泥が大きく広がってファリスを包み込むように飲み込んでいく。


「な、なに!? やめっ……!!」

「さようなら、ファリス。惨めで哀れな欠陥品」


 嘲笑を浮かべているシュタインを最後に見たファリスは、歯軋りしながら黒い泥に包まれてしまった。


 シュタインは終わりまで見届け、愉悦に浸っていたが、それが彼の欠点でもあった。

 ファリスを励まそうと控え室に訪れていたローランが、ライニーの魔導に隠してもらっていたことも……一部始終を見届けていたことも最後まで気付く事はなかった。

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