332・舞台に上がるその前に

 決闘が終わってからの私は、暇を持て余していた。私達が壊した会場は、三日ほど修復に時間が掛かるらしくて、その後の準備も含めると七日くらいは何もしなくて良い状況なのだ。


 ……というのも、決闘に時間がかかり過ぎたのが原因だった。

 前半はともかく、中盤・後半と会場の損傷が激しい時が多かった。

 決闘官の体力や決闘者の体調を整える為に一日置いてから……というのもあったけど、やっぱり決闘の度に二日、三日と会場の修理に時間を費やしていたのが原因だろう。


 一応急いで戻れば新年のお祝いには間に合うけれど、途端に慌ただしくなってしまう。戻ってすぐに準備をしなければならなくなる。

 そんな風に新年を迎えるくらいならば、ここでしっかりと表彰式をしてもらって、魔王祭を最後まで終わらせる事が私の仕事……ということになった。


 準決勝が始まる前に雪風がお父様に手紙を出してくれていたお陰で、ルティエル女王陛下の耳にも入り、お役目ということで新年のお祝いは欠席でも良いことになった。


 初めて他の国で迎える新年。少しどきどきするけれど、こんなに暇な時間をどう過ごせば良いのだろう? 観光……にも限度がある。

 王都から出る事が出来ない以上、見て回れる場所には限りがある。


 魔王祭の合間でも散々見学してきたし、もうお腹いっぱいになりそうだ。


「暇ね……」


 雪風は私の護衛や小間使いみたいな役割ばかりさせていたからお休みをあげたし、一人でいる――ということが暇をもてあましている要因の一つなのかもしれない。

 部屋に篭っているのも身体に悪いし、どうしようかと悩みながらお茶を楽しんでいると……まるで私にそんな時間は許されないとでも言うかのように激しいノックの音が聞こえた。


「……どうぞ」


 無視しても良かったのだけれど……あまりに煩かったから入れる事にした。

 勢いよく開かれたそこには、慌ててやってきたローランが息を整えていた。


「……ローラン?」

「エ、エール……ティア、さま……」

「落ち着きなさい。そんな調子じゃ、ちゃんと話しが出来ないでしょう」


 息を切らせて一大事なのは伝わってきたけれど、肝心の内容が伝わらないと意味がない。

 ゆっくりと深呼吸をさせて落ち着きを取り戻したローランは……いきなり頭を下げてきた。


 これは冷静になっているのかな? と思ったけれど、彼がそこまでする事には何か理由があると思い返した。


「どうしたの? いきなり頭なんて下げて」

「……こんな事、言えた義理ではない事は分かっています。ですが……お願いします! ファリスを……助けるのに力を……!」

「詳しく話しなさい」


 思わず身を乗り出して詰め寄ろうとするのを自制する。ローランに落ち着けと言った手前、自分が騒いで話をややこしくする事は出来ない。


「そ、それは……」


 何故かローランは話すのを躊躇ためらっていた。助けを求めにきた割には情報を公開したくない……そんな感じだろうか。


 確かに、ファリスを助けたい気持ちはある。だけど……今軽々しく動く訳にはいかない。ローランが何も明かさないままま、はいそうですかと動く訳にはいかない。

 そもそも、そんなお人好しじゃないしね。


「悪いけれど、状況が分からないのなら助けにいけないわね。軽率な行動が出来ないことくらい、貴方もわかるでしょう?」


 どうしようかと悩んでいるようだったけれど、やがて根負けしたようにため息を吐いた。


「わかりました。全てお話ししましょう」

「なら、まずはいつも通りの話し方にしなさい。その方が話しやすいでしょう?」

「……わかった。まず――」


 そこから私は事の顛末を全て聞く事になった。

 ローランがファリスを慰めに行った事。そこでシュタインと呼ばれるダークエルフ族の男と言い争っていた事。そしてシュタインが黒い泥を投げると、ファリスがそれに飲み込まれてしまった……という訳だ。


 シュタインというのは確か、以前の魔王祭の時にローランと一緒に行動していた男の事だろう。

 まさかファリスとも接点があるとは思っても見なかった。

 しかも、ダークエルフ族。聖黒族の敵と言ってもいい種族との知り合いだったなんて。


「まさかダークエルフ族が絡んでいるなんてね」


 ダークエルフ族は聖黒族にとって忌むべき者だ。怨敵と言ってもいい。知ってしまった以上、放っておくわけにはいかない……のだけれど、問題は今でもファリスが無事? という事だ。


「黙っていてすまなかった」

「別に謝る必要はない……それで、ファリスは大丈夫なの?」


 深々と頭を下げられても……という気はする。ローランが誰と付き合ってもいても関係ない。別に付き合いが深いわけでもないしね。それよりもファリスの事の方が重要だ。


「それは大丈夫。あの子はまだ生きている」

「なんでそれがわかるの?」


 当然だとでもいうかのように自信満々な理由がわからない。


「俺とファリスは同じ存在から分かれたものだから……かな。彼女はまだ生きている。それだけはわかる」

「……なら、助けないとね」


 少しふわっとしているけれど、ローランがそこまで確信しているならいいだろう。どうせダークエルフ族の事をお父様に報告しないといけないしね。今動くか後から動くか……それだけの違いだ。

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