314・興奮の瞳(ファリスside)

 エールティアとローランが激戦を繰り広げている中、観客席の最前線で楽しそうにその光景を見つめる瞳があった。


「ふふ、やれば出来るじゃない。あんなティアちゃん、久しぶりに見た」


 頬杖を付きながら嬉しそうに試合を見ている少女――ファリスを例えるなら、待ち望んでいた事に尻尾を振って喜ぶ犬のようだろう。


「す、すげえ……」

「何だよこれ……今年の魔王祭、マジでやばいな」


 後ろの方でひそひそと呟くように話している男どもの言葉に、ファリスは嫌そうな顔をした。


(『すごい』? 『やばい』? なにそれ。そんな陳腐な言葉で済ませないでよ)


 目の前に広がる光景は、そんな単純な言葉で済ませられるのが、ファリスには我慢できなかった。

 遥か昔に戦った初代魔王にも勝るとも劣らない戦いが、そこに繰り広げられている。花々が咲き誇るように血濡れた道を彩り、鮮やかな白に染め上げるエールティアの戦いがそこにある。


 今までのようにどこか手加減した決闘ではない。本気は出しても全力ではない。そんな手を抜いた決闘をしてきたエールティアの初めてみせた全力の【プロトンサンダー】。

 結界具によって守られている観客席にすら影響を及ぼし、次々と結界を破って闘技場の壁に穴を開けるほどの威力を魅せてくる。


 ファリスにとって、魅了されない理由はなかった。


(ああ、あの場にわたしがいないなんて……でも、ローランじゃあの子には勝てない。守りに特化してる彼じゃ、絶対に無理。だって――)


 ――くすっ。

 ローランがエールティアを倒せないその理由を知っているからこそ、ファリスは笑みを零してしまう。


 それを如実に語っているのは、エールティアの行動だ。

 ローランが手にしている【人造命剣『フィリンベーニス・レプリカ』】は、魔力を断ち切る剣だ。

 雪雨ゆきさめ飢渇絶刀きかつぜっとうとはまた違ったタイプの人造命具で、断った魔力はそのまま消え失せてしまう。


 その分、強力な魔導と渡り合える。剣と鎧――合わせて魔導特化の装備として仕上がっている。レイアやジュールの天敵と言ってもいいだろう。

 実際、魔導を巧みに駆使するエールティアに対しても十分に効果を得られている。生半可な魔導では斬られて終わるのがわかっている為、彼女は自らが持つ高火力の魔導と身体強化の魔導を駆使せざるを得ない。


 妨害系の魔導では牽制しつつ、懐に潜り攻撃に転ずる様は、今までの戦いでは決して見られない戦法だと言えるだろう。

 だが――


(まだティアちゃんは人造命具を使ってない。多分今、ローランの実力を測っている最中なんだ。そしてそれは、ギリギリ使うか使わないか……それくらいの差)


 逆に言えば、エールティアが人造命具を使うか悩む程度の実力しかない……という訳だ。

 ファリスは、これが自分なら必ず使わせる自信がある。


「ま、神偽創具を使っててこれの時点でお察しなのよね」


 呆れたようにローランに視線を向けたファリスは、自然と鎧の方に視線を向けた。

 彼が扱っている【神偽絶鎧『イミテート・イノセンシア』】は本来であれば他者を寄せ付けない性能を持っている。

 ――あくまでならば、という注釈がつくのだが。


「やっぱり、偽物は偽物って事ね」


 ぽつりと呟いた言葉。それが何を意味するのか。それはこの場にいるものの中でも、ファリス以外にはわからない事だろう。

 もしこれが本物だったら――一瞬そんな事を考えて、馬鹿げているな、とファリスは考えるのをやめる。


 偽物はあくまで偽物。本物には決して慣れない。

 それはファリスもわかっていた。他の誰に言われなくても、その記憶が、思い出が、感情が教えてくれる。妄想に逃げたい現実を突き付けてくれる。


 彼女の心は、自由を求めながらも誰よりも束縛されていた。


「……バカみたい」


 自分の言葉にナーバスな気分になったファリスは、これ以上決闘を見る気が起きなくて、そっと席を立つ。どうせ勝敗は既に決まっている。これ以上見ても、欲求を満たすことが出来ずにむしろ膨れ上がるばかりだと考えた結果だった。

 彼女の中で、ローランの勝ち目はなかった。決勝戦は最初から自分とエールティアが戦うと確信していたのだ。


「良いのか? 見てなくて」


 観客席側の出入り口。そこで決闘の様子を見守っていた男――シュタインがどこか小馬鹿にした様子で声を掛けてきた。


「……これ以上見てる必要がないもの」

「そうか? あいつも結構頑張ってるじゃないか。失敗作にしてはやるじゃないか」


 嬉しそうに笑っているシュタインの見当違いの発言に拳を握りそうになったファリスだったが、この男に激昂したところで徒労に終わるだけだと自分い言い聞かせる。

 何一つわかっていないシュタインは、嬉しそうに決闘を観戦している。


「あの調子なら、あの失敗作が勝つかもしれないな」

「……そう」

「はは、おいおいいいのか? お前の獲物が横取りされるかもしれないんだぞ?」

「……はあ。何もわかってないのね」


 これ以上見当違いの発言を聞いている時間はないと言わんばかりに、ファリスはシュタインの隣を通り過ぎようとしていた。

 対して、ファリスの態度が気に入らなかったのか、シュタインは少し不機嫌な視線を彼女に向けていた。


「どういう意味だ?」

「言葉通りよ」


 どうせ話しても理解できない。それがわかっているからこそ、ファリスはこれ以上言葉を交わしたくなかった。

 歩みを止めず、怒声を無視するファリスに怒りながら、シュタインは決闘に視線を戻した。


 そこには変わらず優勢に戦うローランがいて、シュタインは苛立ちが紛れるかのように笑みを零すのだった。

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