301・唐突の訪問者
……どうしてこうなった? そんな思いが強く顔に表れてるはずなのに、ファリスは嬉しそうに頭を左右に振っている。
なんとも気まずい空気が流れている中、雪風がお茶を淹れてきてくれた。
「……どうぞ」
「ありがとう」
ムッとした様子の雪風が少々乱暴にティーカップを置いて、少しヒヤッとしたけれど、ファリスはどこ吹く風。全く気にしていなかった。
その事が更に雪風に油を注いで、余計に場の空気が悪くなってくる。
全く、居心地が悪いったらありゃしない。
「それで、一体何の用事でここに?」
「ん? ふふ、ティアちゃんの顔が見たくなったから」
語尾にハートマークでも付いてるんじゃないかと思うほどの台詞に、雪風は表向き冷静な表情で私の後ろに下がった。
内心がどうなっているかなんて、先程のやり取りで大体わかる。
「顔が見たくなったから……って、貴女と私はそんな間柄じゃないでしょうに」
「そうかな? わたしとティアちゃんはとっても仲
いや、そんな訳ないでしょう。と言いたいけれど、彼女に言っても聞かなさそうだ。
「なんでそうなるのでしょうか?」
雪風が私の疑問を代弁してくれたけれど、ファリスは答えるつもりはないようだ。
無視されても、雪風はあまり動じてないみたいだ。……いや、後ろを見てないから正確にはわからないけれど。
「ね、ティアちゃん。もうすぐ戦えるね」
「……まだわからないわ。
「あの子達じゃ、わたしには勝てないよ」
唐突に真顔になって、平坦な声で断言する。まるで息を吸ったら吐く――それくらい当たり前の事だと思ってるくらいにだ。
「……どうして、そんな事が言えるのですか?」
不快だと言わんばかりの声音だけど、きっと後ろでは平静を装っているのだろう。
「彼女達は日々切磋琢磨してあそこにいます。それを――」
「本当のことでしょ。二人の戦いは見てたけど……あの子達の実力じゃねー。それはティアちゃんが一番よくわかってると思うけど?」
まっすぐこちらの方に話題を変えてきたけれど、いい迷惑だ。どちらに転んでも痛い目を見そうなところが尚更。
「ふふふ、何も言ってくれないんだね。まあいいけど」
深紅茶に口を付けて、ご機嫌な様子のファリスとは違って、雪風は私とファリスの顔を交互に見て、あまり納得していない顔をしていた。
「ティアちゃん、決勝でわたしと戦う事になったら――最初から全力を出してね。ね、約束」
鬼人族がそうするように、小指を突き出したファリスに、困惑してしまう。彼女は私と決勝で戦う事を一切疑っていない。どこまでも純粋な瞳で見つめてくる。
何を根拠に……なんて思う事が間違いなのだろうと思うほどだ。
雪風の方も話について行けないからか、とうとう私の方に丸投げしてしまった。視線だけ向けて、何も喋らないところが何よりの証拠だ。
「……わかった。貴女と私が決勝で当たったら、本気で戦ってあげる」
ここで約束しなければ引かないだろうと思った私は、仕方なく差し出した小指に応じるように約束する事にした。
「……ふふ、ゆーびきーりげーんまん」
本当に楽しそうに約束を交わしたファリスは、妖艶な笑みを浮かべた。
さっきの無邪気な笑みとは全く違う。艶のあるそれは、先程とはまるで別人のようにも思わせる。
「ふふっ、楽しみだね。いっぱい――しあおうね」
……? 今、なんて言ったんだろうか。途中の言葉だけ濁していたから上手く聞き取れなかった。おまけにファリスは頬を染めて潤んだ瞳だ。楽しみにしているのが体中から伝わってくる。
約束したファリスは、軽やかなステップを踏みながら、扉の方に行って――ふわりと笑って部屋から出て行った。
「……行ってしまいましたね」
「……そうね」
嵐のように入ってきて、嵐のように去っていった。わざわざあれだけの事を言うためにやってきた……にしては釈然としない。それを言いたかったのなら、試合直前でも別に良かったはずだ。
それをまだ準々決勝にすら入ってない今の状況にいう事じゃないだろう。
「なんだか、どっと疲れたわ。ごめんなさいね、せっかく淹れてもらったのに……」
ファリスは出された深紅茶を飲み干していったけれど、私の方は全く飲むことも出来ず、すっかり冷めてしまった。
これでは、せっかくの深紅茶が台無しだ。中には冷めてもあまり変わらないだろうと言う人もいるけれど、それは大違いだ。
温かいの冷たいのとでは大きく変わる。使ってる水や温度。茶葉の寮や抽出時間などで様々に変化する。
だからこそ、せっかく雪風が淹れてくれた深紅茶を一口も飲まずに冷ましてしまうなんて……。
「あまり気になさらないでください。また淹れればいいのですから。淹れなおしてきますね」
「いいわ。偶には、ね」
流石に雪風を小間使いのように何度も働かせるのは申し訳ない。仕方ないから冷めた深紅茶にゆっくりと口を付ける。
「それにしても……結局何をしに来たのでしょうか?」
「さあね。わかる事は――」
彼女は私に強い興味を抱いているってことくらいだろう。困ったものだけれどね。
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