267・それぞれの道

 それぞれの夏季休暇を過ごした私達は、無事に始業式を終えて、ファオラの上旬を迎えていた。

 ……いや、本当に無事に迎える事が出来て良かった。


 フォルスに頼まれて宿題を手伝った時には、終わらないかも知れないと諦めかけていたからだ。

 鍛治と自分の鍛錬に力を入れ過ぎて、宿題をやるのを忘れるなんて、学園の試験で常に上位をキープしている人のやる事じゃないと思うんだけど……なんであれで頭が良いのだろうか?

 もしかしたら、バカと天才は紙一重って事なのかも知れない。


 とりあえず、気持ちを切り替えないといけない。ペストラの下旬は色々と慌ただしかったけれど、ファオラは魔王祭予選が始まる月でもある。開始される日付の違いはまちまちだけれど、大体パトオラの10の日ぐらいまでかかって、その後は大まかではあるけれど、20日くらいまでには本選が始まる。

 ファオラの間に始まる予選は各国の至る所で行われていて……有望株の多いらしい今回は、更に枠が増えたらしい。


 だからこそ会場も多く、その分本選に行ける率が上がってるらしい。優勝最有力候補は、雪雨ゆきさめ、アルフの二人と……私らしい。

 どうやら、アルティーナとの決闘が他の国々にも伝わったようだ。尾ひれのついた噂だと思っている人も多いけれど、それでも今まで積み上げてきた実績と、ライニーを決闘で打ち負かしたのを見ていた人達によって広まっているらしい。


 ……まあ、期待されているのはいつもの事だから、変に気負う必要はない。いつ戻りやればいいだけだしね。


 ――


「ティア様、準備は出来ましたか?」


 ファオラの9の日。私は旅行鞄に荷物を積めて準備をしていた。

 今回は妖精の国フェリシューアで開催される予選に参加する事を決めた私は、旅立ちの準備を進めていた。

 学園の方は魔王祭に参加する生徒達がある程度成績を残していたら、試験は免除してくれると事前に伝えてくれていたし、憂いはほとんどない。


 ただ……またしばらくの間、お父様とお母様に遭えなくなるのは、ほんの少し寂しい。

 まあ、聖黒族として、この国の次期女王として……魔王祭に出ないなんて事はまずありえない。他の国の貴族共にどういう風評被害をされるかわかったものじゃないしね。


「それより……ジュール。本当に良かったの?」


 旅に行く準備を終えた私は、同じように旅支度を終えて部屋の中で待っているジュールに声を掛けた。

 彼女も私と同じように別の国に行く……んだけれど、彼女はガンドルグの魔王祭予選に出る事に決めたらしい。


 最初、ジュールは私と一緒に付いてくると思ってたんだけれど、まさか別の国で予選を受けるとは思いもしなかった。


「……はい! どれだけ強くなれたか、私自身知りたいんです! それに……」


 言いにくそうにしている彼女は、思うところがあるのだろう。一か月ちょっとだけど、雪風の元で一生懸命鍛錬を積んでいた。それを活かしたいという気持ちも強いのだろうし、私としてはあまり強く言う気もない。


「貴女が行きたいというのなら、私は止めることはしない。その気持ちも、想いも……全部貴女のものなんだしね。だから――本選で会いましょう」

「……っ! はいっ!!」


 優しい口調でそれだけ言ってあげると、ジュールは笑顔が弾けて、力強く返事をしてくれた。


「それじゃあ、外に行きましょう? 雪風も待ってるしね」

「はい!」


 無事支度を済ませた私達は、館の入り口の方に行くと……二台の鳥車と、雪風が待っていた。


「お二人とも、もうよろしいのですか?」

「ええ」

「はい!」


 さっきと同じ力強い笑顔が眩しい。私とジュールはここお別れ。しばらくであるけれど、少し寂しく感じる物だ。


「それじゃあ……ジュール」

「わかりました。雪風先生。ティア様の事をよろしくお願いします」


 いつの間にやら先生呼びになっていた雪風は、一度頷くと私と一緒に鳥車に乗り込んだ。

 雪風は私と共にフェリシューアに行く。前回魔王祭の本選を見学した者は、全員参加が義務付けられている事を聞いたから、せっかくなら私が出る予選に参加したいのだとか。


 予選で上がれるのは一人、もしくは二人。もしかしたら本選に行けない可能性があるのに、それでも雪風は折れなかった。

 彼女にも考えがあるみたいだし、あまりとやかく言う必要もないだろう……と、仕方なく納得した結果、一緒に行くことになった。


「エールティア様。行きましょう」

「……ええ」


 ジュールが寂しそうな笑顔を浮かべて見送りをしてくれるものだから、思わず歯切れ悪く答えた。

 雪風が御者に指示を出したのだろう。ラントルオの鳴き声と共に緩やかに鳥車が動きだした。


 徐々に加速していくそれは、景色も段々と置き去りにしていく。


「……大丈夫ですよ。あの子は強くなりました。必ず本選に上がってきますよ」

「……そう。そうね」


 私を励ましてくれているようだけれど……それはちょっと的外れのよう感じだ。そういうのじゃなくて、少し。ほんの少しだけ寂しいだけだ。


 強くなってくれるより、側にいて欲しかったと思うのは、傲慢なのだろうか? わからないけれど……やっぱり少しだけ心に冷たい風が吹いて、寒く感じた。

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