266・勝敗が決した後
「……完敗ですわ。エールティアさん」
悔しそうに負けを認めたアルティーナは、少しだけ心が晴れたような顔をしていた。憑き物が落ちたような笑顔を浮かべている彼女は、立ち上がって手を差しだしてきた。
「アルティーナ?」
「どのような形であれ、貴女のお蔭で気持ちがすっきりしたわ。だから……お礼だけは言わせてちょうだい」
よそ行き用の言葉遣いから、普段の彼女に戻ったその手を、私はしっかりと握った。
「ありがとう。エールティアさん」
「どういたしまして。後、別に『さん』付けはいらないわよ?」
「ふふっ、でも慣れ親しんだ呼び方だから、このまま呼ばせてちょうだい」
握ったその手は柔らかくて、暖かった。なんだか、こういうのっていいな、とか……そう思うのだった。
――
ちょっとした訓練が終わった後、水で軽く汗を流してアルティーナと一緒にお茶でもしようかと思っていた私に手紙が届いていた。使用人の一人が持ってきたそれは、黒い封筒に金色の刺繍。そしてティリアース王家の証である黒と白の細長い龍が、身体を交差し合いながら一つの剣になっている印が
「……まさかこんな手紙が来るなんて」
「どんな内容なのかしら?」
かなり気になっている様子のアルティーナは、視線と雰囲気で『早く開けて欲しい』と催促していた。
……そもそも私に来た手紙だし、読むのは私だけの方が良い気がするんだけど。ちょっと持って来てもらうタイミングが悪かったとしか言いようがなかった。
「エールティアさん、早く開けてみて下さる?」
「わかったから、ちょっと待って」
とうとう言葉にしてきたアルティーナに押されて、一緒に持ってこられたペーパーナイフで封を切って中身を開く。
一体誰から……なんて思いながら内容を確かめると、それは女王様からの手紙だった。
まずは当り障りない挨拶と最近の出来事。それから先は、今回の決闘に関する事だった。
王位継承の問題をどう決めるかは当人同士の自由として一任していたが、誰が爵位まで賭けて決闘をしろと言った。おかげでこちらは騒がしい日々を送っている――という内容だった。
……こればっかりは、私も何も言う事が出来なかった。当事者であることもそうだし、引き受けた私も私だったからだ。
それに対する警告と、多少の文句が綴られたそれは、至極簡単だった。
――要は、エスリーア公爵の爵位をはく奪したのち、アルティーナに子爵の地位を与え、次期女王の下に就かせる事になった……という事だ。
「へぇ……私は後継者候補から転落して、爵位も取り上げられる……それがどうなるかと思ったけれど、まさかこんな形になるなんてね」
公爵としての地位は奪わなければならない。それは決闘で成立した決定事項。それに逆らったら、決闘委員会の人達から抗議の文が送られることは間違いない。
通常ならば内政干渉甚だしいが、申請状を送り、通ってしまった以上は文句を言う方が筋違いだ。
政治に直接関連する事柄は原則禁止されているし、決闘による決着は認められていない事を考えたら……って感じだろう。
とりあえずの決まりだから変更があるかもしれないが、くれぐれもアルティーナと仲良くするようにと最後にしたためられていた。
「要は私の配下という枠で収まらせて、手放さないようにした……という訳ね」
それとイシェルタの一件もある。聖黒族に気軽に手出しをさせないように……という配慮もあるのだろう。しばらくしたら爵位を上げて、領地を管理できる人材を送る――なんてことしたりしてね。何はともかく……。
「少し後味が悪いけれど、これで心配事の一つが取り除けたわね」
「そうね。貴族として返り咲くのは……色々と問題が起きそうだけど、それでもこの温情は素直に嬉しいわ」
公爵から転落した子爵。話のネタには事欠かないだろう。他国の貴族などは、侮蔑や嘲笑の種にしかねない。
それだけ聖黒族は力があって、不可侵の領域に存在すると言っても過言じゃないほどの高い地位に座していた。
アルティーナが、他人の不幸で甘ったるい蜜でも舐めてるかのような愉悦に浸る屑共のネタにされるのは……あまり良いことではない。
何か対策を練ってあげないといけないだろう。
「……そうだ。これからは主従に近い関係になるんですし、改めて敬うように接しましょうか?」
「そんな事、微塵も思ってないでしょうに……普通で構わないわ。普通で」
イタズラでも思いついたかのような笑顔を浮かべるアルティーナ。普段はそんな顔、しないのに……。
それだけ私に打ち解けてくれたって事なのだろうか? 何にせよ、彼女との関係が改善できてよかった。
年末年始の祭で顔を合わせる度に目の敵にされる事も多かったし、いざこざは絶えなかったけれど……それでもミシェナのように――とは言わないが、せめて同年代の女の子同士、それなりに仲良くなりたかった。
まだぎこちないけれど、彼女の笑顔が見れただけ、白黒はっきりとつけて良かったと思えた。
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