249・未熟な聖黒スライム③(ジュールside)

「……どういうつもりですか?」


 構えを解かずに警戒する雪風に従うように、ジュールとリュネーもスキュスに注視しながら、その一挙手一投足を見張っていた。

 今まで有利に戦いを進めていたスキュスが、自身の姿を晒された途端に降参を宣言するだなんて、三人には到底信用出来るものではなかった。


「見てわからないのですか? 降参しました……というアピールですわよ」

「それはわかっています! 急になんで?」


 まさか……知らないの? みたいな感じの顔をしたスキュスに対し、思わず声を荒げて突っ込んでしまったジュールは、少し怒っていた。今更降参するくらいなら、最初から戦わなければよかったのに……。


 そうすれば、こんなに惨めな思いをしなくても良かったのに……そんな風に心の隅で思ったが、決して感情を表に出すことはなかった。それは彼女の美意識に欠けるからだ。


わたくし、こうして面と向かって戦える程、強くありませんもの。確かに強者との戦いは心躍るものがありましたが……生憎、私は策を弄して戦う方が得意でしてね」


 はあぁっ……と深いため息を吐いたスキュスの態度には嘘偽りは全くなかった。


「それを信じろ……そういうのですか?」

「好きに捉えていただいて、構いませんわ」


 しばらく三人はスキュスと見つめ合って――やがて根負けしたリュネーがため息を吐いてスキュスの元へと向かう。


「わかった。ひとまず信じるね」

「……いいのかしら? 反撃の機会を狙っているのかもしれませんよ?」

「そうなったら、私達に見る目がなかったって事になるだけだよ」


 すうっと目を細めて、如何にも何かあります、というような事を匂わせるスキュスだったが、リュネーはそれを受け入れた。

 ここに昔の彼女を知る者がいれば、驚く事だろう。それだけ、ほとんど初めての他人とここまで話すことはなかった。


「ふふ、そうまっすぐに信じられては、ちょっとむず痒いですわね」

「……そちらは良いのですか? 簡単に降伏して」

「アルティーナ様の兵士は多いですが、こういう事が知れれば不味いのでは?」


 抱き続けていた疑問が噴出して、ジュールと雪風が質問をすると、微妙そうな顔でスキュスは片手を頰に添えた。

 傍から見たら困ってます、というアピールのようにも見える。


わたくし、特にあの御方にお仕えしているわけではありませんわ。ただ、仕事でここにいるだけですもの。そして、自分に与えられた分の事はしましたわ」

「それって決闘のルール的にいいの?」


 リュネーが言っているのは、今回の決闘の『戦力は自身の支持者である事』というところだった。

 微妙に曖昧な定義だが、そこを突くような事を言ってといいのか? と三人は思っていた。


「あんなもの、決闘官の前で形だけでも忠誠を誓っていれば問題ありません。どうせ、真に従っているかどうかすら見抜けぬ愚か者ばかりですもの」


 スキュスの発言に呆気に取られてしまっているが、確かに上辺さえ取り繕えば、後は適当でも問題ない。要は戦力としてカウント出来れば十分なのだ。


「……貴女に与えられた仕事というのは?」

「貴女達とエールティア様を孤立させる事ですわ。アルティーナ様はあの方を一人だけにして、なぶり遊びたいようですから。……まあ、無理でしょうけど」

「私達がそう思うのはわかるんですけど、なんで貴女まで無理だと思うんですか?」


 ジュールは、怒りに暴れそうになる身体を抑えて、スキュスにぶつけるが……彼女はそよ風が吹いたかのような涼しげな顔をしていた。

 ジュールが怒っても怖くない。というのもあるが、自分は無関係なのだと思っているからこその態度だった。


「これだけ準備をして、勝ちを確信して、ダメ押しに放った兵器の何十倍もの威力の魔導を返される。器が知れてますわ。たった一人に翻弄されて、勝てる未来が見えません」


 それが当然とでも言うかのように淡々と語るスキュスの言葉は、妙に納得のいくものだった。

 リュネーと雪風は思わず頷き、ジュールは当然だと言うかのように胸を張っていた。


「でも、一人じゃ限界が来るんじゃない? それこそ、魔力が尽きて――」

「貴女達はそうは思っていない。そうでしょう?」

「それは……そうだけど」


 最初からそんな事を思っていないのを見透かすような目で見られ、バツが悪くなったリュネーは、適当に笑いながら場を濁していた。


「リュネーちゃん、いくらなんでも言っていい事と悪い事が――!」

「やめましょう。今はそれよりも、この方の処遇を決める方が先です」


 文句を言おうとしたジュールを制した雪風は、ただ一人警戒心を解かずにスキュスを睨んでいた。

 それを見たジュールは、少しでも気を緩めた自分を恥じた。ここは戦場で、自分達はまだ戦っている最中なのだ。それをスキュスに流されてしまった事に未熟さを感じていたが、それを表に出すことはなかった。


「彼女を一人にしても良い事はありません。僕としてはこのまま止めを差すのが一番だと思うのですが」

「それがいいんだろうけど……どうしよう?」


 しばらくの間悩んだ三人は、結局スキュスを捕虜にして一旦決闘官に預ける事にした。

 殺すことも出来ないし、かと言ってまた姿を隠して襲い掛かってくる可能性がある以上、野放しにすることは出来ない。そう考えた結論だった。


 雪風にとって、すぐさまスキュスを排除して先に進みたかった。だがここでリュネー達ともめても良い事は一つもない。行動するなら早い方が良い。そんな気持ちも重なった結果、二人に合わせるという苦肉の策を取ったのだった。

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