243・揺れ動く心

 決闘の日が少しずつ迫ってくる。学園でも普段以上に騒々しくなっていくけれど……私の側は何故か静かだった。

 誰も寄り付きもしないし、遠巻きに見つめるだけだった。


 普通だったら、何かしら騒がしいものなんだけれど……どうしてだろう?


「どうしたの? 不機嫌そうな顔して」

「リュネー……」


 机に肘を立てて、頬杖ついて考え込んでいた私に声を掛けてくれたのは、友達のリュネーだった。相変わらず可愛らしく首を傾げていた。


「別に、不機嫌って訳じゃないのよ。ただ、前は良くも悪くも騒がしかったはずなのに……ってね」

「それは多分……ティアちゃんが不機嫌そうな顔をしてるからじゃないかな? ピリピリしていて、すっごく声掛けづらいし」

「……え」


 言われるまで全然気づかなかったけれど、周囲に視線を向けたら、偶々話を聞いていた他の生徒がうんうんと頷いていた。

 あれから無事にラポルタルトを作る事も出来たし、ジュールも多少は喜んでくれていた。

 少しは順調に物事が回ってる思ったんだけれど……。


「やっぱり、決闘の日が近づいてきてるからかな?」

「……そう、なのかも」


 もう決闘まで一月を切っている。徐々に近づいてきている戦いの足音に、私自身が昔の感覚を取り戻そうとしているのかもしれない。


「ティアちゃん……不安?」

「別に。不安じゃないわね。どっちかというと――」


 ――高揚。


 一瞬、その言葉が口から出かけた。

 ……ああ、そうか。私、戦闘を待ち望んでいるんだ。そしてそれを悟っていたから。そんな自分が嫌で不機嫌になっていただけなんだ。


 雪雨ゆきさめとの戦いの時に、そういう自分が残っている事を自覚はしていたけれど、こんな大事な決闘でも同じように楽しもうとしている自分がいる事に嫌気がさしていただけなんだ。


 それに気付いたら、心の中のもやもやがストンと落ちたような気がした。


「どうしたの? 急に納得したような顔をして」

「ちょっと、ね。さっきの話の続きだけれど、私は必ず勝つ。その未来しか信じていない。だから不安なんてものとは、無関係って事」

「……ふふっ、やっぱりティアちゃんはそうじゃないとね。自信たっぷりで、なんにも疑ってない。自分の強さを信じてる子だから」


 今日はリュネーが妙に褒めてくれる。なんだかそれがくすぐったくて、ちょっと照れくさい。

 だけど、それは誤解だ。私は別に自信たっぷりっていう訳じゃない。臆病になる事だってあるし、心が傷ついたりする時だってある。


「リュネー、励ましてくれてる?」

「だって、ティアちゃんってば落ち込んだ表情をしてたから」


 リュネーには敵わないなぁ……なんて思ったけれど、一つ疑問が湧いて出てきた。


「私、そんなに顔に出やすい?」

「ううん、あんまり。不機嫌な時とかはよく伝わってくるけどね。どうして?」

「前に私の事をわかりやすいって言ってる子がいてね」


 リュネーにも言われて、てっきり実は表情に出やすいんじゃないかと思っていた。制御できると思っているのは、私だけなんじゃないかと思ってたけれど……どうやら違うようだ。


「多分その子はティアちゃんの事をよく見てるんだよ。じゃなかったら『わかりやすい』なんて言わないよ」

「……そうなのかな」


 もしそうだとしても、あまり嬉しくはない。私はあの子――ロスミーナの事を何も知らない。魔人族の子で、なんでも見透かすような目をしていて、大人びている雰囲気を纏っている。それで……妙な違和感が見え隠れするくらいしかわからない。

 そんな子が私のことをよく見てるなんて、むしろ観察されているような気がしてならなかった。


 だけど不思議とはっきり嫌いだと言えるような気がしない。うんざりしたり、面倒くさくなったり……そんな風には思うけど嫌いって訳でもない。奇妙な事だけれどね。


「そうだよ。多分ティアちゃんの事、好きなんじゃない?」

「ふふ、それは無いでしょう。多分、向こうも貴族の子だから……だからこっちが気になるだけでしょう」

「そうかな? それだけじゃないと思うけど」


 リュネーは何か気になるみたいだけれど、それは多分気のせいだと思う。あの子の感情は、好きとかそういうのじゃない。上手く言えないけどね。

 ちらっとロスミーナがいる方を見ると、他の子達と話している彼女の姿があった。こっちに気が付いた彼女は、にこりと微笑んできた。


「ほら、ね」

「いや、あれは違うでしょう」


 どうしてもそういう話に持っていきたいようだけれど、あれは偶々気が付いたからだと思う。

 相変わらず何を考えているのかわからないけれど……とりあえず無視するのもアレだから微笑み返しておこう。


「リュネー。この話はもう終わりにしましょう」

「えー……」


 不満に口を尖らせていたリュネーだったけど、しばらくしたらくすくすと笑いだした。

 それに釣られるように私も笑ってしまう。おかげで緊張の糸が解けたというか……普段の私に少しは戻れたような気がする。


「ありがとう。リュネー」


 小さく呟いた声は、リュネーには聞こえなかった。だけど、それでいい。

 またネタにされるのも恥ずかしいし、柄じゃなかったから。

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