237・過ぎゆく日々の中で

 気付けばレキールラの5の日。後は一月くらい経過したら決戦の月になる。少しずつ近づいて来ている戦いの日に向けて、相変わらずの日々を過ごしていく私は、今日も特待生クラスで授業を受けていた。


「エールティア、随分言われてるけれど……大丈夫か?」

「ええ。私は平気です、よっ!」


 模擬戦で魔導戦を繰り広げながら心配してくるハクロ先輩に肉薄して、スネの方を思いっきり蹴り上げる。

 痛みに顔を歪めている間に、炎の矢を彼に突きつける。


「……っ、平気なら、こんなえげつない攻撃してくるなっ……!」

「ハクロ先輩なら避けられると思いました」


 にっこりと笑顔を向けると、少し青ざめた顔をした蒼鬼先輩がこっちを見ていた。


「エールティア殿、顔が怖いですよ」

「そうだよー。最近、ストイックになってる」


 シェイン先輩までそんな事を言うなんてね。

 やっぱり、それなりに参ってるのかも知れない。


「やっぱり、最近治安が悪くなった事と関係しているのか?」

「……そう、ですね。多少は」


 エスリーア公爵家の戦術は本当に陰険で、町の中で一般人が暴れたり、少しずつ商人が値段を釣り上げたりとやりたい放題だ。

 お父様も片っぱしから捕まえていたり、検問を行ったりと対策しているから被害は僅かで済んでいるけれど、今度は噂で町から人を追い出そうとする始末。


 怪しい宗教家も入り込んで、少しずつ活動をしているし、本腰を入れて来た感じだ。

 これが来月も続くと思うと、うんざりしてくる。宗教なんて一人入れば病気のように広がっていくし、実際今までより治安が悪くなった事で人が減っていっている。

 今はまだ対処出来てるけれど……今後どうなるかはわからない。お父様もそれを危惧されて、本格的に普段出入りしている者以外の出入りを禁じようとしている。


 だけどそれをしたら、今度は人の流れが悪くなって、流通が低下する。おまけにワイバーン便もあるから、完全に制限する事も難しい。後手に回り続けているけれど……決闘が終わるまでの辛抱だろう。


「何か辛い事があるなら言えよ。お前は何でもため込みがちだからな」

「本当に辛くなったら、遠慮なく相談させてもらいますね」


 なんて言うと、胡散臭い物を見るような目で見られてしまった。全く信用されていなくて、酷く心外だ。

 思わずむっとした顔で睨むと、ハクロ先輩がため息を吐いてきた。


「なんて顔するんだか」

「だって、全く信用してないじゃないですか」

「そりゃそうだ。お前は何かとため込むからな。僕がそう言ったら、間違いなくそういうだろうと思ったさ」


 肩を竦めて苦笑いを浮かべるハクロ先輩だけど、なんだか他の視線も感じる気がして……周囲を見回すと、他の先輩方も同じような顔で笑っていた。


「みんなして……私をそういう風に思ってたんですね」

「一年も一緒に生活していたら、なんとなくな」

「信用されていないってことかしら?」

「いや、むしろ信頼されてるんじゃないかなー」


 シェイン先輩の軟派な笑顔が向けてくる。一時はそれが良い笑顔だと思ったんだけどなぁ。

 良い事を言ってくれてるのはわかるんだけど、その笑顔が台無しにしている感がある。


「今、失礼な事思ってたよね」

「それは、どうでしょうね」


 意味ありげに微笑み返して、今度はシェイン先輩に向き合う。


「さて、そろそろ休憩は終わりにして、続きをしましょう」

「……え? まだ全然身体休めてないし、もう少しゆっくりしようよー」

「ふふっ、まだそういう軽口が叩けてるんですから、余裕があるのでしょう?」


 これ以上休憩していたら、私にもダメージがありそうな気がしたから、さっさと訓練の続きに戻りたかった。ついでに、シェイン先輩で憂さ晴らしをしようと言うのも本音だ。


「エールティアちゃん、結構酷いよねー」

「そうですか? 私はただ……訓練を行っているだけですよ?」


 にっこりと笑顔を向けると、シェイン先輩の笑顔が引きつっていた。同情するような視線を向けられているけれど、誰も止める事はしないようだ。

 ……まあ、止めたら代わりに相手をしてもらう事になるのを知ってるからだろうけど。


「ほら、はやくやりましょうよ」

「……わかったよ。お手柔らかにお願いするね?」

「出来る限りしますね」


 本気でやるつもりはないけれど、シェイン先輩が普通に戦えるぎりぎりまではやるつもりだ。既に全員の戦力や行動は大体把握しているし、後は的確にそこをつくだけなんだけどね。

 それを考えたら、蒼鬼先輩やハクロ先輩は一番成長しているのかもしれない。時たま私の行動を予測するかのような動きをしてくるしね。


「はぁ……【アシッドレイン】!」

「甘い。【フレアサイクロン】」


 私がほとんど加減するつもりが全くない事を悟ったからか、ため息混じりで私に向かって魔導を発動させる。酸の雨が降り注ぐ中、炎の竜巻でそれを一蹴しながら近寄っていく。


 ……こうして、今日も似たような一日が過ぎていく。決闘の日が刻一刻と近づいてくるのを、肌で感じながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る