204・安堵の吐息

「ティア様……そもそもお召し変えを」

「……ええ」


 リュンリュの事は忘れていたけれど、時刻は既に夕方を過ぎかけていた。明らかに誕生祭の時間を過ぎていて、月が見え始めていた。

 一応館の庭園には戻ってきたけど……歩いて戻った道中は、既にお祭りムードになっていた。これはかなり不味い。一応……というか、私が今回の主役なんだから、このままいつもの姿でここにいるのは不味いとしか言いようがない。


「おねーちゃん、どこいくの?」

「ちょっと、ね。ジュール、この子をお願い」

「はい。お任せください」


 にっこりと笑顔でジュールは引き受けてくれたけれど、リュンリュの方はまだ不安そうな顔をしている。

 仕方がないからリュンリュと視線を合わせて、そっと頭を撫でてあげる。


「大丈夫。貴方のご両親はきっと見つける。約束……ね?」

「……うん」

「それまでは大人しく待っていなさい。私も……用事が終わったら一緒に探してあげるから」


 こくりと頷いたリュンリュの頭をもう一度撫でる。本当だったらこのまま付き合ってあげたいんだけど……今はちょっと不味い。【ミラー・アバター】で鏡像を作ってもいいけれど、事情を知らない人が見ると誤解を受ける事になる。それを一々説明するのは非効率的だし、作り出した鏡像と私は、別に繋がってる訳じゃない。対処できない相手が来たら、遠くにいる私と即座に入れ替わる……なんて便利な事は出来ないのだ。


 今回、こっちに仕掛けてきたのが弱い相手だったから良かったけれど、次がどうなるかわからない以上、迂闊に行動するわけにはいかない。そんな事になるくらいなら、リュンリュには私が側にいてあげるか、ジュールや雪風の近くにいてもらった方が良いという訳だ。


「ジュール。任せたわ。お菓子や飲み物が必要なら近くの使用人に言っていいから、リュンリュから目を離さないようにしなさい

「わかりました。必ず守って見せます!」


 ジュールも私がしないといけない事を把握してくれている。リュンリュの肩に手を置きながら、そっと側に寄り添ってあげてくれた。

 もう少しリュンリュを気に掛けてあげたかったけれど、今はとりあえず着替えないといけない。


 館の中に入って自分の部屋に向かっていると、慌てるようにメイドの一人が声を掛けてきた。


「お、お嬢様! 一体どちらに――」

「その話は後にして。私の着替えは準備出来てる?」

「は、はい。中々お戻りになられないので、お部屋の方に用意しております」

「わかった。貴女は私と一緒に来て、手伝ってちょうだい」

「わ、わかりました!」


 時間が惜しいから返事を待たずに歩いて行くと、後ろから慌てるような声が聞こえてきた。お父様達に謝罪をするのはとりあえず後回しだ。今は一刻も早く着替えて、誕生祭が開催できるように準備をしないとね。


 ――


 祭り用のドレスは、嫌味にならないくらいに煌びやかな物で、白色と桜色の華やかな刺繍が施されている。スカートの方はふんわりとしていて、可愛らしい感じだ。


「大変お似合いですよ」


 姿鏡でおかしいところがないか確認していると、メイドの一人がほうっとため息を吐いていた。


「そう? 変なところない?」

「全くありません。お美しいですよ」


 いくら同性だとしても熱っぽい視線を向けられてそんな事を言われたら、少し照れてしまう。気づいたら着替えを手伝ってくれた他のメイド達もため息混じりに似たような視線を向けてきていた。


「そ、それなら良かった。さ、早く行きましょう」


 動揺を隠すように軽く手を叩いて誤魔化す。するとメイド達も自分が何をしているのか気づいて、慌てて行動を始めた。


「お父様とお母様は?」

「御二方共、エールティア様の到着を待っておられますよ。今は庭園の会場にいらっしゃいます」


 私が帰ってきた時にはまだ館の中で待っていたらしい。その時に会いたかったけれど……仕方がない。


「早く向かわないと……」


 多分、心配させてしまったはずだ。呟くと同時に湧き上がった逸る気持ちを抑える。今ここで私が焦れば、周りに不安を与えてしまう。それは避けないと。


「みんな。落ち着いて行動しましょう。急がず……だけど迅速に行動する。いい?」

「はい!」


 私はリシュファス公爵の一人娘で、ここでは一番堂々としていないといけない存在なのだから。


 早歩きで向かった庭園には、さっきよりもずっと人が集まって、騒がしさを増していた。

 その中でも大きく開かれた場所があって、明らかに主催側の席が用意されていた。

 周囲には立食パーティーの為に設置されたテーブルと料理が並んでいて、賑わいを見せていた。どうやら、先に祭りの方を始めてくれたようだ。遠方から来てくれている貴族や商人もいるなか、いつまでも始めないのは失礼だと思ったのだろう。


 全体を見回していると、お母様がこっちを見て手を振ってくれているのがわかった。その隣でお父様も穏やかな笑顔を浮かべていて、遅れた事に対して全く怒ってなかった。


 色々と感謝してもしきれないけれど……今はこの場面を乗り切る方が先だろう。どんな理由であれ、遅れたのは事実なのだから。

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