203・上がり続ける株

「失礼ですが、お嬢さん。リュンリュ坊っちゃんをこちらに渡していただけませんか? 旦那様も心配なされておりますので……」

「嫌だ……と言ったら?」


 狐人族の男の人から守るようにリュンリュを隠しながら、私は睨みつける。別に殺気を込めてる訳でもないから、男は馬鹿にした笑みを浮かべていた。


「冗談がお好きなようだ。それとも、誘拐犯として衛兵の方々に突き出されたいのですか? それなら、私も止めはしませんが」

「視線」

「はっ?」


 一言呟いた私の言葉が全く理解できてないのか、男は苛立っているような疑問の声を上げてきた。全く気づいていない様子にがっかりする。この程度は初歩の初歩だろうに。


「視線が鋭い。種族が違って、呼び方が『坊っちゃん』なら、この子は貴方が保護すべき子のはず。普通、殺気を放ちながら威嚇いかくするように睨みつける?」

「これは生まれつきですよ」

「まだあるのよ。今も僅かだけれど視線が動いてる。まるで何かに警戒するように。それに、息を切らしたように見せる演技も下手。両親の三人としか来ていないのに、貴方みたいなのが来るのも不自然だし、他にも監視するような視線を感じる」


 まだここには人も多く行き来している。だから彼らも手が出さずにいるのだろう。だけど……それもいつまで続くか。


「……お嬢さんは一体?」

「貴方に教える必要はないわね。言い方を変えるなら――卑しい者に容易く名乗るほど、安い名前じゃないの」

「そうですか。それは――残念ですね」


 男が言い終わると同時に、何かの合図を送ったのか、強い殺気を向けられるのを感じた。


「【カラフル・リフレクション】」


 前に子供だけの暗殺集団に使ったのと同じ、私やリュンリュの周囲を薄い膜で包み込む魔導を発動させる。仕掛けられた攻撃を優しく受け止めて、半透明の青色に変わった膜は、飛んできた攻撃をそのまま発動者に跳ね返した。


「な……!?」

「人の目があるのに魔導を使うなんて……下の下ね」


 今の騒ぎで人の目がこっちに向いている。それもそうだ。大通りではないにせよ、それなりに人が行き来している場所なんだから。視線を浴びないだろうというのがそもそも間違えている。


「……ちっ」


 遠くの方から悲鳴が聞こえて、舌打ちをしながら私を睨む男の方には、態度を取り繕う暇もなくなっていた。


「後悔しますよ」

「へえ、例えば?」

「そうですね……貴女のご家族にも不幸が訪れるかも……」


 なんとか気を落ち着かせたのだろう。どこかねちっこく嫌らしい笑みを浮かべているけれど……あんまり滑稽だったから思わず笑ってしまった。


「何がおかしいのです?」

「ふふっ、あはは、だ、だって……あんまりにも可笑しなことを言うものだから……!」


 流石にはしたない笑いを出すことはなかったけれど、本当に何も知らないんだな……と哀れにすら思う。遠巻きに私達のやり取りを聞いていた人達も、苦笑いを浮かべている始末だ。


「……忠告はしましたよ」


 負け犬の遠吠えを口にしながら、男は人だかりをかき分けるようにどこかに行った。

 後に残されたのは観客と化した人達と、私とリュンリュで、敵の視線もすっかり感じなくなった。


「捕まえなくてよかったんですかい?」


 観客の一人が問いかけてきたけれど、あまり周囲の人を巻き込むような戦いはしたくなかった。最悪、何も考えずに暴れまわる可能性も考えたら、敢えて見逃した方が良い。


「無理をして、貴方達が怪我しても困るからね。それに――」


 お父様なら、既に手を打っていそうな気がする。あの人の行動の速さは私以上だ。少なくとも、あの迅速さは真似できるような気がしない。


「流石エールティア様。俺達の事も考えてくださっていたんですね!」

「俺、感動で涙出てきた……」

「あっしも。そこまで大事に思ってくれんのは、ここだけでさぁ!」


 周りの観客達ががやがやと騒ぎだしたけれど、別にそこまで感動してもらえることを言ったつもりはなかったんだけど……まあいいか。


「ティア様!」


 少し疲れたから、これからどうしようかと思案していると……急ぎ足でリュネーが他の兵士達を連れてやってきた。


「ジュール、早かったじゃない」

「それはもう、大急ぎで準備致しましたから!」

「準備したのは僕なんですけど……」


 兵士達の中央で陣取っていた女の子――雪風が雪桜花せつおうかに伝わる武者風の鎧を着こんで来ていた。他の兵士達は普通の鎧だからか、少し――いや、結構浮いているように見えた。


「お、おねーちゃん……だれ……?」


 一安心した私とは打って変わって、リュンリュの方は怯えた表情で私の服の袖をぎゅっと握り締めていた。

 あまりにも不安げな表情をしているその顔を見るのが忍びなくて、そっと頭を撫でてあげた。


「大丈夫。この人達は私のなか――いえ、部下のようなものだから」


 ジュールや雪風は仲間と思ってもいいけれど、他の人達の事を考えたらそれは違うか……と思って言い換える。二人が残念そうな表情をしていたけれど、すぐに切り替える事が出来るのは彼女達の良いところだろう。


 ともあれ、後は兵士達に任せれば一安心だろう。リュンリュの両親はすぐに見つかる。それまで、少し休むとしよう。

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