178・王都で過ごす事
雪風を正式に家臣にしてしばらくして、現在はルスピラの3の日。私は未だにジュールと何処かに行こうか決めかねていた。
前回のようにガルアルムに遊びに行くのも良いが、シルケットでも良い……んだけれど、前者は一度行った事があるし、後者はリュネーがいるのに二人っきりで、っていうのもおかしな話だ。
他の国に行くにしても、遠くなればその分時間が掛かる。サウエス地方の中で選ぶならそうも掛からないけれど、学業に勤しみながら、というのは難しい。
残る選択肢は冬休みが始まった辺りだけれど……そうなったら、次はティリアースの王都――中央都市リティアに行って年を越さなければならない。聖黒族の王族はみんなそうやっている。
古い年に別れを告げ、新しい年を迎えるのは、必ず初代魔王様のお膝元でなければいけないらしい。
それを言ったら、そもそもこの港町が拠点だったはずなんだけれど……そこには触れてはいけないらしい。
そうなったら、年を越えてガネラの5の日まではそこに滞在する事になるから、またジュールと出かけるなんて事が出来なくなる。
……仕方ない。これ以上考えてもラチがあかないし、お父様達に話を聞いてみよう。何か妙案があれば良いのだけれど……。
――
「それならリティアの町を散策しなさいな。あまり下手な事をやっても上手くいきませんよ」
私の問いに答えてくれた庭園に設置しているテーブルでのんびりティータイムを楽しんでいたお母様の方だった。お父様から『自分でじっくり考えてみなさい』と言われていた手前、どうかな……? って思ったんだけど、予想以上の答えが返ってきた。
「でも、それじゃあ彼女を待たせる事になりませんか?」
「ふふ、エールティアは心配性ね。大丈夫。貴女の気持ちがちゃんと伝われば、あの子もそんなに怒る事はないから」
優しく頭を撫でてくれる細くて柔らかいその手に心地よさを感じながら、心配している事が溶けているような気分になった。
「ほら、お茶でも飲んで気持ちを落ち着かせなさい」
「あ、ありがとうございます」
注いでもらった深紅茶を飲むと、口の中に甘さが広がってくる。つい油断してしまったけれど、お母様は甘党だった。普段は全く何も入れずに純粋に茶葉の香りや味わいを楽しむ私にとって、深紅茶には風味が壊れる程度に砂糖が入っていて、落ち着いた気持ちがそのまま沈み込みそうになる。
「ふふ、疲れた時や悩んだ時には甘いものが一番。ゆっくり味わってね」
「……はい」
お母様には悪気はない。だからこそ、ここで感情を表すわけにはいかない。
そして、すぐに飲み干してしまう訳にもいかない。それをしたら、また同じものが注がれる危険性があるからだ。それを避けるためにも、可能な限りゆっくりと飲んだ方が良い。
「どう? 少しは悩みは晴れた?」
「……ええ。おかげさまで。あまり色々考えずに、二人でリティアの町を観光しようと思います」
結局、私はお母様が提案してくれたものをそのまま採用することにした。お父様には悪いけれど、私も精一杯悩んでだした結論だし、大目に見てもらいたい。
「その方が良いわ。あまり焦って他の国に行っても、時間に押されて素直に楽しめないでしょうからね。リティアなら、冬休みの間のほとんどを過ごすことになるでしょうし、ジュールも貴女も、気兼ねなく遊べるでしょう」
確かに、万が一旅行先で揉め事が起こって、想像以上の時間が掛かったら……そんな風に思うと、素直に楽しむ事は出来なくなる。
そうなったら、何の為に遊びに行くのかわかったものじゃない。
それなら多少面倒事はあっても、自分の国の王都を見て回る方がいい。
「ありがとう。お母様」
「もう行くの?」
「はい。伝えるなら早い方がいいですから」
あまりジュールを待たせる訳にはいかない。こうしている間にも、彼女は頑張っているだろうしね。
「エールティア」
私が立ち去ろうとした瞬間、思い出したように声をかけてきたお母様は、どこか不安そうな顔をしていた。
「どうしました?」
「……リティアでは、あまりはしゃぎ過ぎないようにね」
「お母様は来られないのですか?」
「前までは貴女もまだ幼かったですからね。本来、私はあの人がいない間、ここを守る役目があるの。貴女が安心して、いつでも帰って来られる場所のままにしないとね」
去年まではお母様も一緒にリティアに来てくれてたんだけど、今年からはそうじゃないみたいだ。
それについては少し寂しい気持ちもあるんだけれど、それ以上に気恥ずかしくなってしまった。
――私が安心して帰れる場所。
じんわりと染み渡ったその言葉に、どうしようもないくらい嬉しさを感じて、それがお母様に感づかれて恥ずかしい。
慌ててジュールが最近訓練している場所に向かった。なんだか逃げているみたいだけれど、あのままあそこにいても、余計に恥ずかしくなりそうだった。
……その後、ジュールがその場所にいなくて、結構探す事になった。なんだか、最初から最後まで締まらない一日になった事は言うまでもなかった。
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