163・忘れていた大切な事

 アルフとの話から五日。決闘に関する書類にサインをして僅かな期間の間にセッティングが完了したみたいだ。前はもっと時間が掛かったはずなんだけれど、流石にガルドラ決闘官が準備してくれたのか、比較的に早く整えてくれた。


 魔王祭決勝戦の前座のような位置になってはいるけれど、ライニーは負けたら決勝は棄権することを宣言しているようだ。まあ、それも当然だろう。

 彼女にとっては万が一もないのかもしれないけれど、負けた上で決勝戦なんて栄えある舞台に上がる資格はない。そういうところだろう。


 私としてはどっちでもいい。今日、あの子に自分がした事の罪を思い知らせる。それだけだから。


「……気合十分って感じだな」


 闘技場を外から眺めていると、ベルーザ先生が後ろから声を掛けてきた。その顔には呆れが混じっていて、きっと『毎回面倒を起こすな』とか思ってそうな感じだ。


「先生。そんな顔をしないでください」

「だったら、もう少し自分の立場というものを考えてくれないか? エールティア・リシュファス姫殿下」


 普段は言わないだろう刺々しい言い方にほんの少しだけ罪悪感を抱く。何を言っても、私はベルーザ先生の負担になっているだろうから。


「はあ……この事はリシュファス公爵様にお伝えするからな」

「……それは、なんとかなりませんか?」

「無理な相談だな。お前は自分がしている事の重大さを、少し理解した方が良い」


 十分理解しているつもりなんだけど……それを言ったら間違いなくお小言が飛んでくるだろう。


「ですがこれでシルケット王家に恩を売れたし、魔王祭を汚そうとする輩も排除できると思うんだけれど……」

「一石二鳥。雪桜花の古いことわざだったな。だがお前はティリアースの王族なんだ。来年には後継者争いに参加することになるだろう。その時、自分の立場を不利にするような事は謹んでおけ」


 いや、そういう事は初耳なんだけれど。跡目争いに参加する気なんて全くないし、自分がそういう器でないことくらい、十分理解出来てるつもりだ。


「何を世迷言を……。大体、お父様の方が――」


 そこまで言って思い出した。私の生まれた国ティリアースは他の国とは全く違う性質を持っている事を。


「思い出したようだな。ティリアースは聖黒族の女性以外、王座に就くことは出来ない」


 数々の伝説を作り出してきた初代魔王であるティファリス・リーティアスを崇拝している私の国では、男が王座に就くことは出来ない。国を治めるのは必ず女王であることが決まっている。


「……現在、ティリアースの王族で王座に近いのは、お前とエスリーア公爵の娘であるアルティーナ姫の二人だけだ。間違いなく、争いになるだろう」

「……頭が痛くなってきた」


 今年はもう少しで終わるし、来年なんてあっという間にやってくる。そうしたら今度は魔王祭に出場する側にもなるだろうし……やる事が山積みになってしまうだろう。


 それにしても、嫌な事を思い出させてくれる。アルティーナには幼い頃に会った事がある。あまり良い印象はなかったけれど、今はどうだろう?

 少なくとも彼女の妹であるミシェナ姫とは仲が良かったのは覚えている。あの頃の彼女は小さくてころころしていて可愛かった。子供の記憶っていうのは曖昧だったりはっきりだったり……次々と新しい記憶が重なり合っていく。だから私の事なんて覚えていないかもしれない。


 その方が私もあまり気にしないでいいから楽なんだけどね。

 ……とりあえず今は、未来の出来事を考えるよりも現在の事を考える事にしよう。あんまり先の事を考えすぎても何の意味もないしね。


「わかったら少しは先の事を考えてくれ。万が一負けたらどうなるか……今のお前に醜聞が流れれば、それはそのまま父君にも負担になるのだから」

「それくらいわかってるから、そう心配しないでください。それに――」


 確かに負けたり苦戦したりしたら、私を蹴落とそうとしている連中からしたら格好の的に見えるだろう。今の私の振る舞いが許されているのは、強者として君臨しているからだ。常に勝ち続けているからこそ多少のわがままが通るのだ。もし負けたりでもしたら、つけ込む隙を与える事になる。それだって十分にわかってるつもりだ。


 だからこそ――


「絶対に負けないですから。安心して見ていてください」


 にっこりと笑ってそれだけは言っておいた。それだけで不安を拭えるとは思えないけれど、しないよりはマシだろうからね。

 一瞬驚いたベルーザ先生は、仕方ないとため息交じりに笑ってくれた。……若干呆れが混じっていたのは見ないでおこう。


「お前の戦いぶりを、観客席で眺めているよ。背負っているその名に恥じない戦いを見せてくれ」


 ベルーザ先生はそのまま闘技場の中に入っていって、また私は一人になった。先生の背中を見送りながら、ぼそっと呟いておく。


「見せてあげようじゃない。私の――リシュファス家の名を汚さない戦いをね」


 さて、そろそろ私も行くとしよう。あまり遅くなって臆病風に吹かれたんだとか思われたくないしね。

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