162・感謝する者される者
私が決闘後に乱入した事実は次の日には町中に広がって、ちょっとした騒ぎになっていた。
批判的な言葉があまり出てこないのは、大体の事情を知っている人が広めていたからかもしれない。
その代わり、今からでも止めるべきだという意見は多く出てきた。私の実力を知らない上、ベルンを圧倒したライニーの情報が知れ渡っているからだと思うけれど……最初から『勝てない』だの『結果が見えてる』だの随分と言ってくれている。
私の噂はセントラルのここまではあまり届いていないそうだから、仕方ないのだろうけどね。ここがサウエスだったらまた違ったのだろうけど。
「ティアちゃん……大丈夫?」
エンドラル学園の渡り廊下を歩きながら、何度目かの深いため息を吐いてしまう。それを聞きつけたリュネーが、心配そうに覗き込んできた。これも何度も繰り返されたやりとりだ。
あの時――ベルンを背負って戻った時はかなり感謝されたっけか。血を分けた兄妹な上、同じ境遇を過ごしてきたのだから、当然とも言えるだろうが。
そういえば、アルフもベルンの様子を見に来てくれていたっけ。彼はとっさに動くことが出来なくて、かなり後悔をしていた。それも仕方ない。魔王祭は学園の――国の強弱を図る物差し的な役割もあるし、それによって今後一年の国の発言力が一気に高まる。友の為に国を犠牲にする……そんな事を王族がしてしまえば、糾弾は免れない。
アルフもそれを理解しているのだろう。だからこそ、彼の理性が最後の一歩を踏むのを押しとどめてくれたというわけだ。
本当は誰よりも彼の為に駆けつけたかったはずだ。ベルンはアルフの親友だからね。
「アルフはどうしてる?」
「まだお兄様の側にいるよ。もう一日経ってるのに、まだ目を覚まさないなんて……」
ベルンの身体の傷は改めて私が治癒したのだけれど、それでも目を覚さないのは精神的な面も関係しているのかもしれない。
「大丈夫よ。貴女のお兄様はきっと目を覚ますから、安心しなさい」
「……う、うん。あ、それと……アルフくんがティアちゃんに話したい事があるって」
「私に?」
「うん。偶々お兄様に話していたのを聞いただけだから、直接は聞いてないんだけど……伝えた方が良いかなぁって」
直接彼が訪ねて来ればいいのに……って思っていたのを読み取ったかのように答えてくれた。
「そう、ありがとう。せっかくだから、私の方から行ってみるわね」
「あ、私も一緒に行く!」
「……いいの? さっき行ってきたばかりでしょう?」
「でも、なんの話なのか気になるし……だめ?」
リュネーが可愛らしく首を傾げて、お願いしてくる。別に嫌って訳でもないし、断る理由もなかったから、連れて行くことにした。どうせ長くなる話でもないだろうしね。
――
エンドラル学園の医務室には、やはりアルフがいて、未だに目を覚さないベルンの側についていた。
「アルフ」
「……エールティア殿下」
一日過ぎたその姿は眠っていない事がわかるほど、疲れた顔をしていた。今の姿を他の人が見たら、別人のように見えるかもしれない。
「少しは寝たほうが良いわよ。結構酷い顔してる」
「……親友がボロボロにされてるんです。呑気に眠ってなんていられないですよ」
力なく笑うアルフ。それに対して、掛ける言葉が見つからない。下手な事を言っても、薄っぺらく感じてしまうだろう。
「それより、本当にありがとうございました。貴女のおかげで、ベルンは救われました」
「私はただ、友達のお兄様を守っただけよ。だから、そう畏まらないで、普通に話してちょうだい」
以前、あまり敬語を使わないという約束をしたはずなのに、出会ってすぐの時に戻ってしまったかのような話し方をしていた。
それに対して注意すると、アルフはゆっくりと首を横に振った。
「貴女は僕の親友を救ってくれました。出来る限り貴女の望む通りにしたいのですが、せめて魔王祭の間だけ、僕のわがままを許してください」
「いや、別にそこまで改まってくれなくてもいいんだけど……」
「それよりも、エールティア殿下にお願いしたいことがあるんです」
人の話は最後まで聞きなさいよ、と思うんだけれど……いつにもまして真剣そうな表情をしているものだから黙っておくことにした。
「あのライニーとの決闘……どうか僕と変わっていただけませんか?」
「それは無理な相談ね」
大体予想は出来ていたけれど、やはりというかなんというか……それじゃあ私がわざわざ決闘をすると言った意味がない。彼も自分の手でベルンの仇を取りたいという気持ちがあるんだろうけれど、残念だが出番はない。
「そこを何とかお願いします! 僕は……」
「私はね、あの子に挑戦状を叩きつけられたのよ。彼女にはそれがどういう意味を持つのか……身をもって思い知らせてあげないといけない。それに――」
ちらっとリュネーの方を見ると、どういう意図でそうしたのかわかったのか、嬉しそうに微笑んでくれた。
「それに、リュネーは私の友達ですもの。彼女のお兄様を殺されかけて……黙っていることなんて出来ない」
「……意志は固い。そういう訳ですね?」
その確認に頷いた私を見て、アルフも諦めたようにため息を一つ吐いた。
「わかりました。ただ……くれぐれも無茶だけはしないでください。僕にとって貴女は……聖黒族の方は何よりも大切な御方なのですから」
「わかってる。任せなさい」
中には例外はいるけれど……黒竜人族にとって、私達聖黒族がどんな存在なのかぐらい、よくわかってるつもりだ。
だからこそ、彼が心配するようなことにはならないし、決してすることはない。
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