131・妖精族と獣人族

 今日明日と最後の自由行動を満喫するべく、私とウォルカとレイアの三人は、この国の様々な歴史が展示されている博物館へと足を踏み入れた。入館する時に魔貨―この世界で流通している貨幣―を幾らか要求されたけど、受付の魔人族の男の容易く人が言うには、これで運営資金を賄っているんだとか。


 足りない場合は国から支給されるけれど、多過ぎる場合は国に返す。そういう風に運営する事で無駄をなくしているのだとか。


「それでは、こちらの方をお持ちください」


 受付の人がくれたのは薄いガラス製の板みたいな物を渡された。

 向こうが透けて見えて綺麗だけれど、まさかそれを見せるだめだけに渡されたわけじゃないだろう。


 訝しむ私に気づいた受付の人はにこやかに微笑みを浮かべてくれた。


「それは当博物館の鍵……『鍵』のようなものです。閉まっている扉の隣にそれがぴったり入る窪みがあります。そこに嵌め込めば、鍵が開く仕組みになっております」

 言われてなるほど……と納得した。


 骨董品の他にも、武器が納められているみたいだし、簡単に持ち運びが出来ないよう工夫がされているように感じる。


「それでは、ようこそ。アグナスタ博物館へ」


 丁寧にお辞儀をされて中に入った私達を迎えてくれたのは、大きな虎の獣人族の雄々しい男の像だった。王冠を被って天に拳を突き出して格好つけているけれど、足元にいるスライムに似た何かのせいでちょっと台無しだ。


「これが初代魔王様の時代にこの国を統べたビアティグ王……」

「下のは契約スライムのティブラだね」

「なんだか、すごくミスマッチに見えるね」


 三者三様の感想を言った私達は、少しだけその像を見ていたんだけど……ウォルカが不思議そうな顔していたのが気になってきた。


「何か変なところでもある?」

「ん、んー……なんだか、思ってたのと違うなぁ……って」

「違う?」

「そうそう。フェリシューアでも同じような施設があるから行ったことあるんだ。そこではアストゥ女王とビアティグ王の手紙があったんだけど……」


 ウォルカによると、そこにはビアティグ王がアストゥ女王に資金や食糧の援助を要請する内容の手紙があったのだとか。当時、聖暦と呼ばれる時代に入る以前に、ガンドルグの前身国であるグルムガンドでは、ライオンの獣人族の反乱を許してしまった事があったのだとか。


 必死に取り戻したビアティグ王が目にしたのは、全国土でほとんどの家畜が処分された後だったらしい。その時、初代魔王の恩情で食料を回してもらっていたそうだけれど……それでも足りなくて、時折アストゥ女王にこういう手紙を回していたのだとか。


 その時の返答に


『せめて……こういう公式の文書で『ちゃん』付けするのはやめるように』


 という一文が入ったものもあったそうだ。


「だから、もっと気さくな――態度の低そうな王様なんだって思ってたよ」


 ビアティグ王の像を眺めながら、昔を思い出すような表情を浮かべていた。

 確かに、そんな文書が残っているんだったら、この勇敢そうなポーズをしているなんて想像しにくい。


「こっちの奥の方にも、似たようなのがあるかもね」


 フェリシューアでそういう文書が残っているなら、こっちにないのは少しおかしな話だ。

 イメージを壊しそうだから……という理由で破棄していたりするのであれば、国としての程度も知れるという訳だしね。


 先に進んでいくと、そこにはアストゥ女王や初代魔王様の手紙が大切に保管されていたり、歴代の王の事について書かれた紙が展示されていたりした。


「随分と古そうな紙もあるわね」

「んー……難しくて読めない」


 リュネーが何を書いてあるか読み取ろうとしていたのだけれど、複雑な記号の文字が書かれていて、全くわからない。


「遥か昔の文字だね。ビアティグ王の時代以前に、独自の文字を作ろうとした動きがあったんだって。その時の名残だろうね」


 ウォルカが珍しいものを見るかのように興味深そうにその紙や、石板を眺めていた。


「読めるの?」

「少しだけ、だけどね。僕、将来は考古学の仕事に就きたいんだ」


 その目はとてもキラキラしているけれど、ウォルカのような小さな妖精族からそういう言葉を聞けたのは驚きだ。

 考古学に携わるって事は、森の奥深くに作られた遺跡や、ウエスト地方にある廃墟の中を探す事になる。


 そこには勿論、私達が家畜として飼ってる動物以上の体格をしている魔物が生息していると聞く。

 大妖精族ならまだしも、彼のような小妖精族にはかなり荷が重い事も多いはずだ。


「……今、僕が小さいから無理だって思ってなかった?」

「そ、そんな事……」


 リュネーの方はそう思っていたようで、どこか適当な所を見るように視線を逸らしてしまった。私も彼女と似たような事を考えていたからか、自然と気まずい空気になってしまう。


「そんなの、僕だってわかってるよ。でもね、これは誰が決めた訳じゃない。僕の……僕だけの夢なんだ。その為にならどんな事だって、ちっとも苦にならないね」


 ウォルカはそのまま、楽しそうに博物館の中を見回して……その嬉しそうな様子を見ていると、自分が思っていた事の間違いを悟った。


 全部受け入れて、それでも前に進める力を持っている彼は、とても眩しく思えたから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る