102・特訓スライム
暗殺者を撃退した私達は、フルトパンをのんびりと食べた後……広場を散策したり、道具屋さんを覗いたりして楽しんでいた。
その間にまた仕掛けてくるかも……とも思ったけれど、特に何にも起きなくて、楽しい時間を過ごすことが出来た。
次に私達が訪れたのは小物を中心に扱っている装飾品屋さんだった。
シェイシルでは一番大きな場所らしくて、それ相応の規模と外装を兼ね備えたお店。それが『
「……なんだか、緊張してきたわね」
「そうかにゃ? ティアちゃんだったら、慣れてそうだと思ったけどにゃ」
不思議そうに小首を傾げるリュネーに、私は苦笑いを返すしかなかった。
転生前はそもそもこういうお店には全く縁がなかったし、盗賊が貯め込んでいた物の中から、似合いそうな装飾品を手に入れる程度だったし、悪名が広まっていたから買いに行くなんて出来る訳がなかった。
で、今の私は……そもそも買いに行く必要がなかった。私の館にくる商人が持ってきた物の中から選んでいたし、町の方に遊びに行っても、特にそういうところに行く事もなかった。
初めて出来た友達と、その妹の三人と一緒に装飾品を見るなんて、想像したこともなかった事態だ。少しは緊張しても仕方がない事だと思う。
「よし、それじゃあ行きましょうか」
「うん! いこう!」
ニンシャが嬉しそうにお店の中に入るのを見送って、私とリュネーも後を追った。
「そういえば、なんでジュールは今日来なかったのにゃ?」
「今、館の料理人にお菓子を教わってるみたいよ」
シルケットの館にお世話になってから、ジュールはよく厨房に入り浸るようになった。
事の発端は……中庭で私とリュネーがお茶をしていた時の事。
新作のお茶菓子の試食を頼まれて、別にいいかと思って引き受けたのがきっかけだった。
出てきたのは少し厚いクッキーで、ほんのりミルク色が綺麗な一品だった。明らかに甘そうなそれに用意されたのは全く甘みのない深紅茶。それを一口飲んで出されたクッキーに食べると……中からとろりと甘くて下に残る液体が口の中に溢れてきた。
出来る限り砂糖を抑えて作られたクッキーに反比例するかのように甘味を溢れさせてきていた。その強い甘みと深紅茶が相まって、絶妙な味わいに昇華していた。
あまりのおいしさに表情が緩んでしまったのがいけなかった。それを近くで見ていたジュールの表情をあの時見ていたら……と思うけれど、とりあえずその時からジュールは、厨房の方にちょくちょく顔を出すようになった。
最近ではミルクと砂糖を絡めて煮詰めたもの――
リュネーやニンシャと外に遊びに出る事を伝え、ジュールもどうかと誘っていると――
「必ず、エールティア様に美味しいお菓子を食べてもらえるようにしますね!!」
なんて言葉を掛けてくるのだから、本当に熱中している。
従者としてはどうかとも思うけれど、別に私に従うのが嫌っていう訳じゃないのだから、放っておくことにした。
「あの子、迷惑かけてない?」
「料理長さんも最近楽しそうだし、多分大丈夫にゃ」
不安が残る答えだったけれど、リュネーが言うなら大丈夫だろう。
そう結論づけた私は、いい加減に装飾品屋の中に入る事にした。内装はかなり落ち着いた雰囲気を出していて、上品な空間を作り出していている。
「へぇ……」
思わず感心するような声音を響かせながら、店内をぐるりと見回す。
「いらっしゃいませですにゃあ」
ぴしっとした服装の猫人族が優雅な足取りでこちらに向かって頭を下げてきた。
「えっと、貴方は?」
「
「そうだけれど……よく分かったわね?」
一応にやりと笑っておく。あれだけ目立ったし、リュネーやニンシャはこの国の王族だ。気付かない方がおかしい。
「あちらの王女殿下にはご愛顧賜っておりますのにゃあ」
視線の先にはリュネーがいて、彼女がここの常連客である事を教えてくれた。
「猫人族には縁のない指輪等もここでは取り扱っておりますにゃあ。ごゆるりと、お楽しみくださいませにゃあ」
ぺこりと頭を下げたフェットは、店の後ろに下がって、店内全体を見渡すようにしていた。
「やっぱり指輪、こっちじゃ人気ないのね」
「猫人族にはそういう習慣がないからにゃ。元々指輪を嵌めることも出来ないし、私達がいなかったら……まだ指輪はなかっただろうにゃ」
猫人族の手は毛むくじゃらで、杖や短剣が持てる程に人に近い手をしてるけれど、指輪を嵌めるのは肉球やらが邪魔して難しい。
だから猫人族のお洒落は基本的に腕輪なのだ。ここはリュネー達も利用しているから、観光客相手に指輪などの品も置いているという事だろう。
「ねーさま、ティアさま! こっちみゃ!」
手を振ってこっちに来てとアピールしてくれるニンシャのところに行くと、可愛らしいリボンの小物が置いてあった。
やっぱりこの年頃の子はこういうのが好きなんだろう。私は……こういう女の子らしい事なんて何一つなかったから、いまいちよくわからなかったけど。
それでも彼女達が楽しいなら、それはそれで良いんじゃないかなって、そう思った。
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