98・もう一人の王族
ペストラの20の日。シルケットの館に宿泊して二日が過ぎた。リュネーの父親であるシャケル王に会ったり、お兄様のベルンに会ったり……更にはジュールの心からの謝罪を聞くことになったという随分な濃密な時間を過ごしたけれど、今日もリュネーの妹であるニンシャとの初顔合わせが待っていた。
また色々と起こりそうな一日になりそうだ。
「ティアちゃん、随分嬉しそうだにゃ」
「……そうかしら?」
「そうだにゃ。そんなにニンシャと会うの楽しみだったにゃ?」
ニンシャを待っている間は特にすることもないから、訓練が終わったリュネーと一緒に部屋でのんびりとした時間を過ごしていると、リュネーがふふっと笑いながらそんな事を言ってきた。
別にそういう事もないのだけれど……多分、昨日の件があったからかもしれない。
やっぱり、ジュールが成長したという事実は嬉しかったからね。
「そうね。リュネーの妹なんだもの。気にならない訳ないじゃない」
「にゃはは、なんだか恥ずかしいにゃ」
穏やかな空気の中を過ごしていると……扉からノックの音が響いてきた。
「どうぞ」
私の言葉が聞こえたノックの主は、ゆっくりと扉を開けた。
そこに現れたのは、白に近い灰色の髪の猫人族の耳と尻尾を生やした女の子で、黒に近い目の色をしていた。
見れば見るほどリュネーにそっくりで、彼女の子供の頃はこんな感じなんなんだろうなぁ……と思わせてくれる程だった。
「あ、あの……」
もじもじとしている仕草が、
「初めまして。エールティア・リシュファスよ。よろしくね」
「は、はいですみゃ! あ、あの! わたし、ニンシャ・シルケットですみゃ!」
なるべく優しく話しかけた甲斐があったからか、どもりながらも嬉しそうに返事してくれた。
顔が多少赤かったり、恥ずかしそうにしている割には、視線がまっすぐこっちを向いていたり……憧れの英雄から挨拶された子供みたいな感じがある。
昔の――初めて会った頃のリュネーを思い出す。ちょうどあの子もこんな感じだった。
そういえば……ベルンやリュネーは『にゃ』なのに、この子は『みゃ』って語尾につけているからか、尚更幼いように見えてしまう。ここの違いってどこから来るのだろう?
「ニンシャ、今日は一緒に外に出ようにゃ」
「はいですみゃ! ねーさまと一緒なんて、久しぶりですみゃ!」
二人で笑い合いながら楽しそうにしている。こっちの姉妹仲も良好のようで、特にニンシャの方はリュネーの事を見て、嬉しそうに飛び跳ねかけてる。
「それじゃあ、行きましょうか」
「「はい(です)にゃ(みゃ)!」
ほとんど同時に片手を上げて元気よく返事をしている姉妹に、思わず苦笑いが溢れてしまった。
――
館から二日ぶりくらいに外に出たからか、思わず体をぐーっと伸ばす。中庭で太陽の光を浴びたり、外の空気を吸ったりしたけれど、やっぱりきちんと館の外に出るのとはまた違う。
自由の匂いがする……って言った方が良いのかな? 中庭では到底味わえない気分だ。
ちらっと後ろを見ると、ニンシャが尻尾を立てて、嬉しそうな笑顔を撒き散らしていて、リュネーが『しょうがないにゃ』とか言いそうな表情でニンシャの少し後ろについていた。
「ひっさしぶりー、ひっさしぶりのーおっでかっけみゃー!」
少し前までは私のことを見て緊張していたのに、それが解けた途端にこんな風にご機嫌になるんだから、打ち解けたり、気が変わったりする速さはリュネーよりも上のようだ。
「ごめんなさいにゃ。私と久しぶりに出かけるのが嬉しいみたいで……」
「夏休みの間は一緒に出かけなかったの?」
「ニンシャの家庭教師は回数が減っただけで、あまりタイミングが合わなかったのにゃ。一緒にお茶したりとかはしたんだけどにゃ」
ちょっと気まずそうに頰をぽりぽりと軽く掻いて視線を逸らしてしまった。
……まあ、私も遅れていたわけだから、あんまり強気には言えないんだけどね。
「どうしたみゃ?」
ちょこんと首を傾げる姿が可愛いニンシャに、思わずにっこりと微笑む。
「ただちょっと、ニンシャが可愛いから見てただけ」
「可愛い? みゃ、みゃあああ」
ニンシャは顔を真っ赤にして、ふわふわと浮いてるかのような、軽い足取りで私の隣にやってきた。
「一緒に歩いてもいいですかみゃ?」
「ええ。どうぞ」
転ばないようにさっと手を出してあげると、ニンシャは嬉しそうに握ってくれた。
そのまま、空いた手をにぎにぎしながら、じーっとリュネーの方を見ていて……リュネーも勘弁したかのようなため息をついて、駆け足でニンシャの隣に行って、その手を取った。
「にゃふふ、一緒ですみゃ!」
私とリュネーの手を握ったニンシャは、嬉しそうな顔をしながら、交互に私達の顔を見ている。
なんとなく、胸の奥が暖かい気持ちになるけれど……流石に外交的に問題が起こりそうだったから、誰も見ていない時だけにする事にした。
それでニンシャが悲しそうな顔をして、胸が痛くなったのはまた別のお話。
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