76・中継都市オルトリア

 朝から出発してから大体夕方になり始めたくらいに、私達は中継都市と呼ばれるオルトリアに到着した。以前にもここには来たことがある。丁度雪桜花に行く時に寄った場所だ。


 前回はお父様達に止められて見て回ることが出来なかったけど、今はあまり調子の良くないジュールと私の二人きり。ジュールには悪いけれど、ここは私の興味を優先させてもらおう。


「今から宿を取るけど……その後は少し散策しましょう」

「エールティア様。それは……」

「貴女もまだ迷う事も多いみたいだし、たまには気晴らしもしないとね」

「は、はい。わかりました」


 ジュールは私の目論見通り、半ば折れる形で散策を認めてくれた。

 ちょっと弱みにつけ込んだ作戦は見事に成功して、私は意気揚々と宿の方に向かった。


 ――


「誠に申し訳ございません」


 丁寧な口調で頭を下げられた私達は、じゃっか――いや、物凄く気落ちして宿屋を後にした。


「あ、あの……エールティア様。まだ他の場所がありますから……」


 上手い言葉が見つからなかったのか、おろおろとした様子でジュールは慰めてくれた。


「……ありがとう。でも大丈夫よ。私も諦めた訳じゃないから」


 口では大丈夫だと言ったけれど……ここが往来の場じゃなきゃ、頭を抱えたくなるくらいだもの。

 今の宿で六軒目。それだけの数の宿に断られてきた。


「……タイミングが悪かったみたいね」


 小声で呟くそれは、ジュールには聞こえていない。

 この中継都市は雪桜花のある南西方面と私達の国が存在する南東方面を繋ぐ大きな都市で……夏休みの間はすごく賑わうのだとか。

 あの時最初の宿に泊まれたのは、お父様が事前に予約してくれていたお陰で、それがない今は空きが全て埋まってしまった状態なんだとか。


 そのままずるずると他の宿を転々として……今正にこの状況、というわけだ。


 このままだと、街の中にいるのに野宿する事態になりかねない。いやまあ、ここは宿も多いから探せばあるんだろうけど、それが見つかるかどうか……。


「仕方ないわね」

「……エールティア様?」

「事ここに至っては、散策なんて言ってられないからね。二手に分かれましょう」

「そ、それは!」


 信じられない! なんて顔でジュールは私を見てるけれど、最悪な事態になるよりはずっとマシだ。


「このまま宿なしでいる訳にもいかないでしょう。私は構わないけれど……王族が野宿になるのは流石に……ね」

「……そうですね。わかりました。待ち合わせ場所は大きな噴水広場で宜しいですか?」

「ええ。時間は……そうね。今から二時間後にしましょう」


 このオルトリアには中央の噴水公園に大きな時計塔が建っている。時間を知らせる魔道具は都市に一つぐらいしかない程高価だから、こういう見通しの良い場所に巨大な建築物の一つとして建てられ、みんながわかるようにされている。

 私達がいた雪桜花の王都・郷霊にもあそこの建築様式沿った時計のある建物が置かれていたし、アルファスに似たようなものが立ってるしね。


「わかりしました。それではまた……」

「ええ。くれぐれも変なのに絡まれないようにね」


 ジュールは一度深く頷いて、駆け足で宿を探しに行ってくれた。

 その姿が見えなくなるまで見届けて……私の方も動く事にする。

 彼女は西の方に足を向けたから、私は東の方へ。


 色んな種族で賑わってるそこは、普通から少し安価な宿屋が多く集まる場所。高級な宿はジュール側が探してくれているから、まずはこっちを手当たり次第に――


「おじょーさん! 一人でどこに行くのかなぁ?」


 いきなり最悪な展開にぶち当たった。たまたま路地の方に視線を移した結果、私よりもう少し幼い――熊の耳を生やした獣人族の女の子と、それを取り囲んでるのはなんだかちゃらちゃらした感じの……初めて見る種族の男三人。


 鬼人族とは違う後ろに向かって伸びてたり、くるくると巻いてたりする角に、尻尾が生えてて……それらが文献で見た事のある悪魔族の特徴だと理解できるのにしばらく時間が掛かった。


 その間も獣人族の女の子は詰め寄られて不安そうにしていた。誰か助けるかな? とも思ったけれど、揉め事に巻き込まれたくないと誰もが近寄らない。路地の少し奥まったところで話し合ってるから、気付いてないか……気付かない振りをしてるんだろう。


「あ、や、やだ! やめて……」


 怯え、震えている声。その声を聞いた瞬間、私は気付いたら彼女達に近寄ってきていた。


「安心しろよ。ちょーっと君の――」

「待ちなさい。そこの三人」

「ああ?」


 苛立つような声で振り向いた男は、如何にも小悪党といった顔つきだ。


「なんだてめぇは? 見せ物じゃねぇぞ!」

「それともあれかな。君も僕たちと遊びたいって事かな?」


 あまりにも馬鹿げた事を言ってくるものだから、心の中でため息を吐いておいた。

 頭の悪い奴というのはどの世界でも、いつの時代でも変わらないものなのだとつくづく思った。


 ……そんなのと進んで関わる私も、大概どうかしているよかも知れないけれどね。

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