49・ビーリラの終業式

 ジュールが学園に通い出してから、気付いたらビーリラもそろそろ終わり……ペストラの月が始まろうとしてた。セントラル中央大陸の方では夏っていう暑さで気が滅入るような季節が続いているんだけど、このサウエス地方はフェリシューア妖精国の中央にそびえ立ってる世界樹のおかげで安定した気候のままだ。

 中央大陸の方で例えたら、常時春って言った感じ。強いて言えば多少暑かったり寒かったりするくらいで、着こんだりする必要はない。


 その上、作物がしっかりと育つほど雨も降るし、天候に関する災害はまず起こらないんだから、すごいとしか言いようがなかった。前の世界ではそんな便利な効果を持つ木なんて存在しなかったし、あったらあったで奪い合いの元になる事は間違いなしだったからね。


 とはいえ、世話は妖精族の人しか出来ないみたいだし、妖精族はそれで得られるフーロエルの蜜を舐める事で生活してる。共存してる関係で、私達はそのおこぼれを貰ってるだけに過ぎない……らしい。昔、授業でそういう事を言ってるように聞いた。

 だから、学園で妖精族に会えた時は物珍しさが記憶に残ってる感じ。


 こんな色んな事情で夏というもの事態は味わえないこの国で、数少ない季節を感じる事が出来る時期――それが終業式の日。一学期が春のクォドラから夏であるビーリラの25日まで。二学期は冬の序盤であるルスピラくらいまで。これさえ覚えておけば、いざ今がどんな時期かわからなくなっても大丈夫という事だ。


「もう一学期が終わりなんて……早いわね」

「あっという間に過ぎたよねー」


 それなりに長い終業式を終えて、教室でベルーザ先生が話し終わっての帰り道。私の独り言が聞こえたリュネーが話しかけてきた。


「ティアちゃんは休みの月はどうするの?」

「そうねぇ…….」


 リュネーの手前、取り敢えず悩んだけれど……特に何の予定も立ててない。正直、いつも通り過ごすくらいしか考えてなかった。


「そういうリュネーはどうするの?」

「私は一度国に帰るよ。せっかくの長いお休みだから、父様や母様とも会いたいしね」


 そっか。リュネーの故郷はシルケットだし、ラントルオや魔導車があればそんなに遠くないっていっても、やっぱり国っていうのは恋しいもの……なんだろうね。少し羨ましく感じるのはそういう想いを抱いた事がないからかもしれない。


「そう……じゃあ、私も遊びに行こうかなー……なんて」

「本当!?」


 私が軽い気持ちで言った言葉に、リュネーはすごい勢いで食いついてきた。釣り竿で糸を垂らした瞬間掛かったくらいの速さがある。

 ただ、それを面白くなさそうに眺めてるジュールの事が気になるけれど、何も言ってこないから話はしていても大丈夫……はず。


「そうね。シルケットには行った事なかったから、案内してくれる?」

「もちろん! 楽しみにしておいてよ!」


 ぐっと拳を握ってはりきる彼女の姿を見るだけで、言った甲斐があった。


「エールティア様、そろそろ……」

「……そう? それじゃあ、後で手紙出すから確認してね」

「うん、またね!」


 リュネーはちょっと残念そうな笑みを浮かべながら、手を振って私を見送ってくれた。前は一緒に帰ってたんだけど、それをするとジュールが居心地悪そうにしてるから、慣れるまではとりあえず別々に帰ることにしたのだ。


「ジュール、もう少し……リュネーやレイアと仲良くする事は出来ない? 今はいいけど、いつまでもこういう事は……」


 しばらくの間、互いに黙ったまま歩いてたけど……やっぱりどうしても言いたくて尋ねてみた。するとジュールはすぐに首を振って嫌がった。


「申し訳ございません。ですが、それは……」

「ハクロ先輩は大丈夫だったじゃない」

「彼はエールティア様の強さを敬っておられますから」


 きっぱりと言われたけれど、本当に彼がそうなのかはいまいちわからないけれど……シェイン先輩と話す時はあまり面白くない顔をしてるからそうなんだろう。蒼鬼先輩の時は涼しい顔をしてるけど。


「あのね。私はそんなに立派な人物じゃないの。お父様の方が私より地位も立場も上だし、この国を治めていらっしゃる女王様はそれよりもずっと上なのよ?」

「それでも、私にとって貴女は最上の輝き。最も尊き御方です! 他のどなたがエールティア様よりも上だと言われようとも、それは不変です!」


 こうも力強く言われてしまったら恥ずかしい……っていうか、彼女は私の事を美化しすぎているような気がする。揉め事が起こる前にどうにかしないといけないかもね。

 そんなことを考えると、ついため息が零れ落ちてしまった。慕ってくれるのは嬉しい。


 ……だけれど物事には限度っていうものがある。彼女の場合、行き過ぎてる部分も多くて……私自身が上手く対処できればいいんだけど、生憎こういう事は経験した事すらない。はっきり私に敵意や悪意を向けているならまだしも……今回はちょっと私の手に余るというのが現実だ。一度お父様とお母様に相談した方が良いのかもしれない。

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