48・不満な毎日(ジュールside)

「……よし、出来ました!」


 目の前に広がる光景に満足げに頷いた少女――ジュールは、嬉しそうにツインテールを揺らしながら弁当を丁寧に包んでいた。薄い玉子焼きや鶏肉をマヨネーズで和えた物をはじめとした色んな種類のサンドイッチに多種多様な野菜のサラダ。デザートとしていくつかの果物が盛り付けられている豪華な物で、エールティアで換算するとおよそ四人分ぐらいの量を作っていた。初日に作った物が喜ばれたからか、日に日に量が増していきった結果、朝早くからこれほどの弁当を作るようになっていたのだ。


「これだけあれば、あのお二人に食べられても大丈夫です! きちんとエールティア様に食べていただけます!」


 ジュールは気に入らない物を思い出すような目で、リュネーとレイアの事を思い出していた。エールティアの事を心底敬愛している彼女にとって、例え友人であっても――いいや、友人だからこそ、その振る舞いが……エールティアを敬わない彼女達を許せなかったのだ。

 彼女にとってリュネーがシルケットの王族だろうとなんだろうと関係ない。エールティアこそ絶対君主であり、唯一崇めるべき存在だった。例外と言えば、それこそ彼女が生まれる原因になった両親くらいなものだろう。


 気安く話しかけてくる者の中にはこの町の住民も入っているのだが……彼らはエールティアの父親が保護すべき者達であり、ジュールが見た限りではどこか敬うように一歩引くときがあるのを確認しているため、まだ許せる存在だった。だが、リュネーとレイアの二人は違った。


「……そうです。私があの御方を御守りしなければ。あの御方を理解できるのは、私しかいませんから」


 ――


 ジュールは【契約】によって血を与えられ、魔力を注ぎ込まれた時に見たのだ。彼女の奥底にある深淵を。

 スライム族は【契約】の時、主人となる者の魔力を通して、記憶や抱いている感情、過去などがイメージとして伝わってくる場合がある。

 荒れ果てた野の中、無数の剣と盾、鎧が散らばる中、一人だけ佇んでいるような……そんなイメージが流れ込んできたのだ。そこにいたのは不思議な剣を持った少女。血に塗れ、ズタボロになりながらも寂しそうな顔を浮かべていて、涙を流しながら天を見上げている。


 その虚ろな空間に立つどこか儚げが姿を目の当たりにしたジュールは、それがエールティアの奥底に眠る心の光景なのだと気付いた。目の前で魔力を注いでくれているエールティアはジュールにとって優しいお姫様のような存在だった。瞳には強い意志を宿していて……少なくとも流れ込んでくるイメージとはかけ離れている存在にしか見えなかったのだ。


(ああ、なんて……なんて孤独な方なんでしょう)


 外面とは違い、内面はこんなにも寂しい姿を見せるエールティアに、ジュールは惹かれていった。傷ついた心と、それでも他者に優しくあるその生きざまに、ジュールは惚れてしまった。一目惚れと言ってもいいだろう。その時、ジュールは固く決めたのだ。この御方を支え、ずっと一緒に歩いて行こう……と。


 ――


 ジュールはお弁当を専用のバスケットに入れて、準備は万端だというように嬉しそうに微笑んでいた。

 これは彼女がこの館に来た時に必死に頼み込んで教えてもらった成果だった。館に来る前にエールティアが嬉しそうに学園での生活の日々を語っていた時。自分が何を出来るだろうかと考え抜いた結果がこれだったというわけだ。


「ふ、ふふふ……エールティア様、喜んでくださるでしょうか……」


 ジュールは自らを褒めてくれる主の姿を夢想しながら、満面の笑みを浮かべる。バスケットを両手に持って、うきうきしていた丁度その時――


「ジュール?」


 自らが愛してやまない存在であるエールティアが彼女に話しかけてきたのだ。それだけでジュールは天にも昇る心地になる。


「またお弁当?」

「はい。今度は皆さんで食べられるようにいっぱい作りました!」


 満面の笑みで宣言したジュールに対し、エールティアは困ったような笑みを浮かべていた。ジュールがエールティア以外の存在に心を許していないことは、心から尽くされている彼女本人がわかっていた。

 それでも仲良くして欲しいと思っているのだが……ジュールにそれが伝わっていないことは火を見るより明らかな話だった。


「そう。それじゃあ、今日のお昼も楽しみにしてるわね」

「は、はい!」

「それじゃ、私はお父様達のところに行ってるから、ジュールも準備が終わったら来なさい」


 それだけ言って、エールティアは食堂にいるであろう両親のところに向かった。一人残されたジュールは、歓喜に震え、言葉もロクに紡げずにいた。


(わ、私の料理を、楽しみにされてる……! エールティア様が!)

「ふふ、うふふ……」


 甘露のような言葉がジュールに沁み込んで、彼女の心には祝福にも満ちた光が差し込んでいた。

 ジュールは大事そうにバスケットを抱きしめて、嬉しそうに自分に与えられた部屋の中に入っていくと、すぐさまメイド服から学生服へと着替える。一刻も早く、愛しい方の側に行くために。

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