43・スライム契約の時期
決闘があった月――メイルラからレキールラを通り越して、二か月近く経ったビーリラの1の日。特待生クラスでの生活にもそれなりに馴染んできて、学園がより一層楽しくなってきた。
リュネーやレイアとも話したり一緒に帰ったり……そんな毎日を送っていた。そんなある日の事。
――
「エールティア。今日から一週間は学園を休むよう申請を出しておいたから、行く必要はないぞ」
「……どうしてですか? お父様」
いきなりの出来事に少なからずショックを受けた私がいた。お父様は今までこういう事をする人じゃなかったし、なんで急にこんな事をしたのか全くわからなかったんだけど……何故かお父様は深いため息を吐いてきた。
「……学園に通うようになった年のビーリラの1の日にスラファムに行くことになるのは随分前に伝えたはずだがな」
そこまで言われて、私はようやくお父様がなんで休みを取らせたのか思い出した。私が15になったその時にお父様からそんな事を言ってたっけ。
「ということは――契約に行くんですね」
「その通りだ。これは私達にとっても大事な儀式だからな。手早く準備してきなさい」
お父様は『ようやく思い出したか』と呆れたような笑みを浮かべて、部屋で準備してくるように言った。
「はい。わかりました」
スラファム……という事は、スライム族の誰かと血の契約を交わして、自分の専属の従者にするって事だ。
あの時は一瞬、転生する前の、世界で当たり前のようにあった奴隷契約の事を思い出したけど、この世界では奴隷というのは禁止されてる。遥か昔に人の精神すら支配して自由にコントロールすることが出来る道具があったみたいだけど、今は非人道的だという事で初代魔王様がそういう道具や研究資料を全て破棄させたらしい。
おかげで今の時代には奴隷というものは……少なくとも表では存在しなくなった。裏ではどうか知らないけどね。
準備を済ませた私が外に出ると、館の前には丸っこい大きな鳥――ラントルオの鳥車があった。いつも通りの光景。これが中央大陸の国だったら魔導車っていう大きな魔石と燃料を使った車を使ってるんだろうけど……私はラントルオの方が速いと思う。餌代とかは結構するけど、乗り物にもなってペットにもなって、私は結構気に入ってる。
「お父様!」
ラントルオを撫でていたお父様の方に駆け寄ると、優しげな笑みで出迎えてくれた。
「荷物は全て鳥車の後ろのボックスに積みなさい。直ぐに出発するぞ」
「はい! ……お母様は?」
てっきりお母様も一緒に来るんだと思ってたけれど……残念そうに首を左右に振ったお父様の仕草で、今日は二人きりなんだという事がわかった。
「そう、ですか……」
出来ればお母様にも見てもらいたかった……。そういう思いがあったからか、ちょっと落ち込みかけたけど……お父様と二人なのが嫌なんじゃ、と誤解されるのも嫌だったから平静を装う事にした。
鳥車の後ろに荷物を積んで、お父様と一緒に中に乗り込むと、御者の人が手綱を取ると、ゆっくりと進み始める。
ガラスで出来た窓から眺めた光景はゆっくりと流れ出す。最初はゆったりとした気持ちで景色を楽しむのが鳥車でも通な感じって言える。
徐々に景色が流れ始めて……やがて色のついた線みたいなものが次々と通り過ぎていくように見える。
「エールティアは本当にこれが好きだな。そういえば昔、魔導車に変えようとした時も随分とご機嫌を取るのに苦労したな」
「お、お父様!? そんな昔の事を……!」
いきなり私が子供の頃の話をするものだから、慌ててお父様に抗議する。自分の顔がものすごく熱くなっていくのを感じて、恥ずかしさを紛らわすように流れる風景を見てると……窓にうっすら映ったお父様が子供を慈しむような視線を私に更に自分の顔が赤くなっていくのを感じた……。
――
スラファムっていうのは私が住んでる港都市アルファスが『港町ディトリア』って呼ばれてた時代よりも前に付けられた、スライム族だけが住んでる農村だったんだとか。確かそれって初代魔王様が名を上げる少し前の話だから……相当昔になる。
今のスラファムもスライム族だけっていうのは変わってないんだけど……農村っていうより農業都市に変化してる。建物だって木の一軒小屋とかじゃなくて白い石造りだったり、スライム族が扱える様々な魔道具によって発展を促進されてる……っていうのを授業で習った。私自身はあまりアルファスの外には出たことがないからあんまり詳しくないんだけど……ここもリシュファス領の一つらしい。ここから王城がある王都ルシェン近辺まで……らしいんだけど、地図を見せてもらった時はそんな広くない領土に愕然としたっけ。
公爵なんだから、もっと広いと思ってたんだけど……そこのところは多分権力争いの結果なんだと思う。いずれ私もそれに参加しないといけないんだろうなぁ……。
「エールティア。着いたぞ」
お父様の声と同時にゆっくりと景色が流れる線じゃなくて、はっきりとしてくる。ようやくスラファムにたどり着いた。ここに私が従者――それか家族として迎える子がいる。そう思うと、少し……ほんの少しだけ胸が高鳴ってきた。
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