42・ある日の出来事(???side)

「けしからん! 実に、けしからん!」


 ティリアースの中央都市リティア。そこの城の一室で少々太った男が気品のある机に向かって思いっきり拳を振り下ろしていた。彼が怒りに任せてそんな事をする理由は一つ。厄介な少女の存在だった。


「落ち着かれよ。ルーセイド卿」

「これが落ち着いていられますかな。アルシアン卿!?」


 太った男――ルーセイド伯爵は隣に座るアルシアン伯爵に向かって冷静さを欠いたように睨みつける。公式な場であるならば、間違いなく問題になるであろうこの行為も、今の場では誰も注意する者はいない。ただ一人の女を除いては。


「お静まりなさい」


 たった一言でがなり立てるように怒りをまき散らしていたルーセイドは心を落ち着かせるように息を整えて……少し顔を青くした。あまりにもみっともないところを見せてしまえば、いくら伯爵の地位にいたとしても容赦なく切り捨てられる。それが目の前の女性には実現可能だという事を知っていれば尚更だ。


「し、しかしエスリーア閣下。事は深刻でございます。このままあの者が力をひけらかせば……」

「わかっております。ですから彼の提案で……こうして集まったのでしょう?」


 黒に近い茶色の長髪を束ねている女性――エスリーア公爵夫人は何を言っているのか? というような視線で今回集まってきた貴族達を見回していた。最後にルーセイドに視線を向けて、彼が満足そうに頷いているのを見るだけで、今回の集まりがエスリーアの意思によるものではなく、ルーセイドによるものだという事が伝わってくる。


「……お言葉ですが、あの方が学園に入学されていらっしゃる以上、不用意な接触は不味いのでは? それにあそこはリシュファス公爵の領地。聡いあの男に迂闊な真似をすれば――」

「だからこそ、どうするのか集まったのではないか!」


 ルーセイドの言葉に、アルシアンは深いため息を吐く。彼はただ、物事をしっかりと見据えて現実を見た発言をして欲しいと思っているだけであり、こうした時間は無駄極まりないと思っている。その事を理解して欲しげに右隣の方を見ると――


「私は静観するべきだと思いますがね。現時点ではあの方を持ち上げようとする連中にも動きは見られません。ここは堅実な動きが求められる場面だと思います」

「子爵如きが何を言うかと思えば……そんなことをすれば奴らに後れを取ることになるのだぞ? 貴様はその程度の事もわからんのか!」


 子爵と呼ばれた男――ヒュッヘル子爵は内心うんざりしていた。アルシアンに目線で『何か案を出せ』と訴えかけられていざ発言しても、ルーセイドがそれに対して今のような暴言が飛んでくるのだから。

 彼としても緊急の事案だと言われ、こうして領地を他の者に任せて馳せ参じた……はずなのに、実際はこのルーセイドの呼び出しだった。しかもそれをエスリーアが認めたという事実。そのどれもが不満を募らせるには十分な要素だった。


「しかしリシュファス公爵の懐で騒ぎが起きたとなれば……確実に調査の目がこちらに向きましょう。もし……万が一。エスリーア様に疑惑の目が向きでもしたら――」

「わかっておるわ! だからこそ、そこをなんとかしなければならんのだろうが!!」


 ――だったら貴殿が妙案を出し、『なんとか』してください。


 それはエスリーアを除いた、他の貴族の方々が導き出した……ほぼ満場一致の思いだった。

 言葉に出来なかったのは、醜態をさらしてエスリーアの怒りを招くことだけは避けたかった貴族の危機管理能力の賜物だった。


「よしなさい。私がなぜ、このような場を認めたか、わかっておらぬようですわね」

「失礼ながら、エスリーア閣下。それはどういう意味で……?」

「今、騒動になれば事は御家問題にまで発展するでしょう。行われるのは突発的な決闘。国民が納得出来る形であれば……戦闘能力。そして指導者としての才能を確かめる為の物となるはず」

「し、しかしそれでは我らが陣営に圧倒的に不利なのでは……」


 確認するように話すエスリーアに、わかりきっている言葉を返すルーセイド。これだけで彼がこの集団を取り仕切りたいと思っている俗物であることが浮き彫りになるのだが、そんなことは今更の事であるため誰も口に出すことはしなかった。


「わかっております。私が今回の招集を認めたのは、先走ろうとする者達を留める為。決闘となれば、それは我が娘――アルティーナの王位継承権賭けた一戦になる事でしょう。そこに私達の派閥の不祥事が僅かでも露見するような事があれば――」


 運が良ければ不利な条件の提示。最悪、ほぼ敗北確定の条件で争う事になる。それをエスリーアは懸念していた。


「今は少しでも多くの情報を集め彼の――リシュファス公爵の弱みを握るために動くべきでしょう。その為にすべきこと――貴方達はわかっているでしょう?」


 その問いかけに示し合わせたかのように全員が頭を下げ、ルーセイド以外の面々は同時に安堵する。もし、暗殺でも命じられれば……捨て駒としてその地位を捧げなければならない可能性が高かった。

 だからこそ……エスリーアが現在の状況を正しく判断することが出来る方であることに、改めて尊敬の念を抱くのであった。

 ――今回の会談の目的。それこそがそこにあると、誰もが知らずに。

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