23・裏切り者が託す物

 決闘申請書が決闘委員会に渡って、詳しい日程が組まれてから数日後の当日。私はまた、この訓練場で戦う為に足を踏み入れていた。


「ルドゥリアの次はクリムさんとか……新入生の癖に調子に乗り過ぎてないか?」

「ああ。あの人に喧嘩売るなんて正気の沙汰じゃないな」


 ルドゥリア先輩の時は少なからず私の味方もいたようだけど……今回は完全にクリム先輩の人気に押されてるみたい。それだけ上手くやっていたって事なのだろうね。


「あ、ティアちゃん」

「リュネー! ……って何持ってんのよ」


 後ろの方から声が聞こえて振り向くと、両手に何かの串を持ってるリュネーがいた。


「これ、向こうの露店で買ったの。ティアちゃんにも、はい」

「あら、ありがとう」


 片方の串を受け取って食べてみると、甘辛いタレに鶏肉の弾力のある歯ごたえを感じる。ぶわっと溢れる肉汁がまた美味しい。館でいつも食べてる料理とはまた違った味わいがあっていい。


「どう?」

「……うん。美味しい。これ、レインバード?」

「そうだよ」


 なんでかわからないけれど、リュネーは自分が作った物のように誇らしげにしてる。色が鮮やかな程旨味が増す鶏なんだけど……これに使われてるのは露店で売る割には上質なものだった。噛み締める度に溢れる美味しさに舌鼓を打っていたけれど、ふと疑問に思った。


「……なんで露店なんてものが?」

「え? 前の決闘の時も、あったよ?」


 二人できょとんとした表情で浮かべて……私の方が先に納得してしまった。

 何かの興行っぽくなってるみたいだし、店の一つや二つくらい出てくるだろうって。


「……まあ、いいか。それじゃあ、私は控え室の方に行くから――」

「私も。私も行く」


 私が足早に訓練場に入ろうと歩いていくと、リュネーも慌てた様子で付いてきてくれた。そのまま二人で訓練場の控え室として使ってる部屋の中に入ると……そこにはレイアがいた。


「レ、レイアちゃん!?」

「あ……」


 一瞬、なんでレイアがこんなところにいるんだろう? って思ったけど、そんな事が吹き飛ぶくらいに彼女はボロボロになってた。制服もところどころ破けてるし、顔も赤く腫れてる。全身に青痣もあって……無事なところを探す方が難しいくらいだ。


「レイアちゃん……! ど、どど、どうした、の……?」

「……ティ、ティアさん……これ……」


 狼狽えるリュネーに笑顔を浮かべてるけれど、それは逆に痛々しいだけだ。幸い歯は折れたり欠けたりしてないみたいだけど……。

 そんな彼女から渡されたのは、何かが入ってる小さな袋のようで、中身は白い粉みたいなのが入ってる。


「これは?」

「ま……まひ、どく……お、にい様から……」

「お兄様? もしかして……クリム先輩の事?」


 頷くレイアから視線を外して、改めてレイアが持ってきた白い粉の入った袋を見る。麻痺毒……こんなものが私に効くと思ったら大きな間違いだけれど、そんな事は誰も知らない。だから、レイアはわざわざボロボロになってでも私にこれを届けてくれた。クリム先輩にこんな酷い目に遭わされても、ね。それはつまり――


「ほんの少しの『勇気』。しっかり受け取ったわよ」


 私が彼女の両手を握って微笑みかけると、レイアは安心したように少し笑って……こと切れるように気を失ってしまった。


「レ、レイアちゃん! ティアちゃん、どうしよう!?」

「落ち着きなさい」

「で、でも……! こんなにボロボロで……」

「大丈夫。命に別状はないから」


 私はボロボロになってるレイアの身体に静かに手をかざして、魔力を練り上げていく。イメージは……そう。優しく降り注ぐ光の雨。柔らかく身体を包んで、染み入るように折れた骨や傷を癒してくれる――そんな魔導を。


「『ヒールレイン』」


 魔導が発動したと同時に、レイアの身体に空中から温かな光の雫のような雨が降り注いでいく。その雫が身体の傷口に触れる度に、柔らかい光がその周辺に広がって染み込んでるみたい。


「ティアちゃん……これ……」

「しばらくしたらある程度は回復すると思うから……後はよろしくね」


 控え室に掛かってる時計を見てみると、そろそろ決闘の時間が近づいてきてるみたいだった。


「……うん。わかった。ティアちゃんも……頑張って」

「任せておきなさい」


 ……本当は、私はレイアが一歩を踏み出す勇気なんてないって思ってた。一度裏切った人は何度も裏切る。そんなことはわかっていたからね。

 だけど……レイアみたいに良い意味で裏切られるのは、案外悪くない。彼女は、間違いなくあの時の自分を超えて行ったんだから。そんな彼女だったから、私も迷わず癒しの魔導を使うことが出来た。


「レイア……貴女の勇気は見せてもらったわ。だから――」


 だから……次は私の番。この決闘、必ず勝って、クリム先輩の間違いを教えてあげよう。それに……また負けられない理由が出来たしね。


『さぁ、いよいよ始まります! 前回の決闘が色褪せないまま迎えた二度目の決闘! 今回はどうなるか、見ものですね!』


 前の決闘の時と同じようにゴブリン族の男の子が司会をしてるみたいで、饒舌に話してるみたいだった。

 ……いよいよ始まる。心の中は穏やかで、決意に漲ってる。後は……本当の試合開始を待つだけだった――

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