8・豚さんと遊ぶ少女

 ゆっくりと構えて、アストラの戦い方を見極める事にした。あまり目立ちたくはないけれど、どんな相手であろうと侮ったりはしない。例えそれが弱いってわかりきってても。


「どうした! 来ないのか!? やっぱり臆病者だったってわけか」

「いえ、豚さんに先手を譲ってあげようと思ってね」

「き……貴様……! オーク族にそれを言うって事が……どういうことかわかってんのか……!?」


 ぷるぷると身体が震えたアストラは、親の仇を見るかのような目で私の事を見てきた。それもそうだろう。オーク族は自分達を『豚』だと呼ばれる事を最も嫌うらしいからね。

 館の門番以外のオーク族の子と会うのは初めてだし、こんな事を言ったのは初めてだったんだけど、予想以上の効果だった。いや、むしろ怒りすぎててちょっと引きそうになったぐらい頭にキてるみたいだった。


「許さないぞ……! 女ぁ!!」

「私にはエールティアって名前が……おっと」


 怒鳴る声に、ベルーザ先生に聞かれたらまずいな……って思いながら、訓練組の方をちらっと見ると、ベルーザ先生は呆れたような顔つきでこっちを見た後、すぐに訓練組の稽古に戻っちゃった。


 ――こっちを見たんだったら、助けてくれてもいいのに……。


 なんて思ってたら、怒りの臨界点を超えそうな顔をしてるアストラが木斧を振り下ろしてきた。わざと間一髪で避けた私は、改めてアストラの方に集中することにした。

 足の運び方。腕の動き。斧の挙動……。そこからわかる色んな情報を一つ一つかみ砕くように自分の頭の中に飲み込んでいく。


「どうした! どうしたぁっ!!」


 私が攻撃を仕掛けてこないことを良い事に、これでもかと木斧を振りまくって一撃入れようとしてくるけど……あまりにも雑な攻撃に対処に困ってしまう。


 あんまり目立ちたくないけど、ただ避けるのに専念してるだけだったらおかしい。なんとかしないと……。


「考え事してる場合かっ!」

「え……きゃあっ」


 力強い斬撃に思わず悲鳴を上げてしまった……って体で木剣を落としかけた振りをした。我ながらちょっとわざとらしいかな? って思ったけど、周囲の子もアストラも全然気づいてなかったから多分大丈夫。


「はっ、やっぱり女だな。その程度の実力だっていうなら、最初から粋がるなよ!」


 私がよろよろと木剣を構えなおすのを見て、アストラは馬鹿にしたような嘲笑を浮かべてくるんだけど……私からしたら可哀想でしょうがなかった。


 ――うん、そろそろいいかもね。アストラの戦い方は大体わかったし、これくらいの力なら……。


「おらぁっ!」


 アストラが振るった何度目かの攻撃をきっかけに、私も反撃に出ることにした。アストラの動きよりもちょっともたついてるように動いて、木斧の刃になってる部分を木剣の剣の腹で受け流すように受け止めて、それを滑らせた。思いっきり空振りした彼は、そのまま勢い余って木斧を地面に突き刺してしまった。


「ちっ……くそっ……!」


 地面から抜こうとした直後、私がアストラの喉元に木剣の剣先を突き出す。これで終わり。これ以上、彼には何も出来ない。

「なっ……にぃ?」

「……私の勝ちね。それとも、まだやる?」

「……わかったよ」


 手から木斧を離して両手を上げたアストラの姿を確認した私は、そっと木剣を彼の喉元から引いた。深い安堵のため息を吐いた彼は、バツの悪そうな顔をしてちらちらとこっちを見てる。


「……なに? まだなにかあるの?」

「あー……いや、その……なんだ。悪かったな」

「え?」

「それだけだ!」


 ごにょごにょ呟いて上手く聞こえなかったけど、アストラはさっきと違って照れくさそうに少し顔を赤くして、さっさと別の子のところに行っちゃった。本当になんだったんだろう?


「アストラは『ティファリス』様のお話が大好きだからね。その血を引くティリアースの王族の女の子がこっそり訓練組に紛れようとしてるんだから、我慢ならなかったんだろうね」


 ちっちゃくて金髪の妖精族の男の子――ウォルカ・エスフィニが私の顔の前をひらひらと飛んで説明してくれた。

 両手を胸元で広げると、ウォルカはそこにゆっくりと乗ってくれて、少し大袈裟にお辞儀をしてくれる。なんていうか、人形みたいで可愛らしい。


「だって、私、あまり目立ちたくなかったもの。この身体で剣を振るうなんて、柄じゃないでしょ?」

「でもそれは君の種族の特徴じゃないか。黒い髪に溢れる魔力。永遠に若く、死ぬ時もそのまま。だろう?」


 ウォルカはそう言うけど、永遠に『幼い』の間違いだと思う。どんなに頑張っても、私は大人の色香溢れる女性になれないんだもの。


「それに、僕達だって小さいけど、ちゃんと剣を持って戦えるよ。君の事なんてちっともおかしくないさ」


 木で作られたサーベルを軽く振り回して、ゆっくり腰に挿し直すけれど、それは彼の周囲ではそうだからだと思う。

 私の周りで私――聖黒族の血が色濃く出てるのは私だけなんだもの。ウォルカのとこほとはまた違うと思う。


 それからも、他の生徒の子と何度か模擬戦して……あまり好きになれない訓練の時間を過ごすのだった。

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