2・ある朝の一コマ
初めて袖を通すベージュを基調とした学生服は、私の身体にぴったりだった。ちょっと履き慣れない短めなスカートが恥ずかしいけど、まあ、こんなのは履いてれば慣れるでしょ。
「お父様、お母様。おはようございます」
食堂に入って既に来ていた父と母に行儀良く挨拶すると、父の方が感極まった表情で私を見ていた。
「アルシェラ、我が娘の素晴らしさはどうだ? 夜空咲く一輪の花のようではないか」
「そうね。これなら学園に行っても注目の的でしょう」
出た。二人とも何かしら私の事を褒めてくれるのよね。小さい頃はすぐに頭を撫でてくれたし、苦しいくらいに抱きしめてくれた。
これが愛情ってやつなのかも。どうにもくすぐったいけれど……これが本当に私に向けられたものなのか……それはわからないけどね。
それは多分、私と二人が違いすぎるのも原因なんだと思う。両親は黒に少し茶色の混じったような髪に白に近い水色の目をしてる。でも私は……漆黒の長い髪に、白銀のような目の色をしてる。背だって低いし、15だって言っても信じてもらえないくらい幼い。私と二人の似てるところなんて、少し尖った耳ぐらいのものだ。
……後は父の身長が普通より低いっていうか、とても大人に見えない恰好をしているくらいか。
「? どこか具合でも悪いのか?」
「……っ、い、いいえ。まだ少し眠気がありまして……申し訳ございません」
「仕方があるまい。エールティアも今年で15。そして今日から家庭教師ではなく、学園に通う事になるのだからな」
……『学園』。その言葉を聞くと心の中がどんよりと憂鬱になる。だって、そこは色んな種族が勉強の為に通う場所で、そこに3年も通わなきゃならない。もう、ため息しか出ないのだけど、二人の前でそれを言ったり顔に出したりするのは気が引ける。二人とも私が学園に行くのを本当に楽しみにしてるんだもの。それに水を差すようなこと、言えるわけないじゃない。
「ああ、私の可愛いエールティア。大丈夫ですよ。貴女ならきっと、沢山のお友達を作ることが出来るでしょうから」
「ありがとうございます。お母様」
「はははっ、私たちの自慢の娘だからな! それに――この国の大切な宝だ」
一瞬、父の顔が曇ったような気がしたけれど、多分気のせいだと思う。そんな顔してたこと一度もないし、いつも笑顔……っていうかちょっと緩んだ顔だったり、たまたま仕事してる時に見た真剣な顔くらいしか見たことないしね。
「さ、早く食べなさい。せっかく作ってくれた料理が冷めてしまうよ」
「は、はい。いただきます」
お父様に言われるままに椅子に座って、朝食を少しずつ口に入れて、味わうように飲み込んでいく。ちょっとしょっぱいコンソメスープと、ふわふわで柔らかい玉子とハムのサンドイッチ。ハムエッグの方はとろっと半熟に仕上がっててすごく私好みだ。
もっとじっくり味わって食べたいんだけど、生憎と時間がない。手早く片付けないと、学園に行く時間がなくなってしまう。いくら行きたくないって言っても、初日から遅刻なんてしたくないしね。
「エールティア、もう少しゆっくりとだな」
「それだけ学園に行くのが楽しみで仕方ないのよ」
嬉しそうに笑う二人の勘違いを、正すことはしなかった。余計に勘違いするのが目に見えてるからね。
「……ごちそうさまでした」
フォークとナイフを置いて、ナプキンで口を拭った後、すぐに席を立って部屋から出ていこうとする。
「お父様。お母様。行ってまいります」
……ちゃんと、二人に向かって、出来る限り丁寧な挨拶だけ済ませて。
「ああ。楽しんできなさい」
にこりと微笑んでくれたお母様とお父様を背に、私は館を後にする。外に出ると涼やかな風が吹いて、ほんの少しだけ潮の香りがする。
「……良い風」
ぽつりとつぶやいた私を迎えてくれたのは陽の光。今日も良い日になる――そんな予感をさせてくれる。
「……本当に」
生まれ変わってから今まで、ずっと平穏な日々を過ごしてた。あの孤独と空虚に溢れた血生臭い世界が嘘のよう。でも……あの時の記憶は確かに私の中に残ってる。どうしようもない痛みが、傷が……胸の中に残り続けてる。こんな私が……本当にこんなところにいていいのかな? 自分が酷く場違いな場所にいるようにさえ思えてくる。
「……だけど、これが現実……なのよね」
わかってる。どんなに場違いでも、ここが私の生きる世界だって。どんなに違和感があっても、こっちが今の私の現実。そう考えると、自然とため息が漏れだしてくる。
「……考えすぎても仕方ない、か」
このままじゃどんどん悪い方向に考えが流れていくのはわかりきってる。だから、一度深呼吸をして、心の中の嫌なものを追い出してリセットした。少しずつ……ほんの少しずつでもいい。この世界の私をきちんと生きていこう。そうしたら私も……両親を愛せるようになれるのかも知れない。
「さ、行こう」
館の外に出た私は、広場の方に歩みを進める。朝から賑わいを見せるこの場所には……大きな魔力を帯びた銅で作られた像が建ってた。決して錆びることのないこの像は、私たちの永遠の繁栄を象徴している……ってお父様が言ってたっけ。
元になった人物は、この国を作ったとも言える最強の女王様……だっけ。私にもその血が混じってるらしいんだけど……そんな実感、全くわかないんだよね。
えっと名前は――
「っと、いけない。本当に遅刻しちゃう!」
ついつい見つめちゃってた私は、今の一番行かないといけないところを思い出して、すぐに銅像の事を記憶の片隅に追いやった。まず、遅刻しないこと。そっちの方が何より大事だからね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます