第五十六話 疑心と被害者と









 姉と秋満がいない、全く見知らぬ警察官によって病室から追い出されての問答。

 俺を容疑者として扱うか、それとも本当にただ話をしに来たのか分からない。しかし必ず何かきっかけがあるはずだ。俺と話をしなきゃいけない何かが。


 ――――でなければ俺が目覚めて話ができる程度に回復した頃にとっくに来ているはず。医者に止められていた時はあったが、もう部屋から出歩ける程度には回復したし、姉たちのように見舞いに来てくれる人だっている。


 それなのに今頃話をしに来た。

 だからつまり、何かしら俺の話を聞く必要があってきたということ。



「初めまして神無月さん。少しばかり話をしたいんだが良いでしょうかね」


「……いいですけど、いったいどういう話なんでしょうか?」


「まあ簡単な話だ。君を怪しんでいるわけじゃないよ。そう警戒しなくてもいい」



 

 警察官は三人。

 俺を見る雰囲気は憐れみを込めたものが多い。


 見ているからにはそういう目線と言うのは分かるが、心の内は分からないので俺をどう扱おうと考えているのか。

 怪しんではいるだろう。疑って、何か証拠を出したらすぐに問い詰めるだろう。

 疑心は膨らむ。俺の頭がぶっ飛んでいると思われない程度には、覚えていないふりをしなくてはと決意を決める。



「大丈夫だよ。本当にただ話をしに来ただけだから」


「ああ申し訳ありません。ほら、たまに僕の名前がネットで流れているので……ニュースを見ているうちに自分の立場が分からず不安になっていまして……」


「……不安になる気持ちは分かるよ。でも大丈夫だ」



 そうして、警察官三人のうち代表となった一人が言う。



「君は被害者として扱われている。それと同じく――――貴重な情報提供者だということもね」


「……情報提供者、ですか」



 被害者はともかく、後半の部分に引っかかりが生じる。


 情報提供者と断定したその意味はなんだ。過去の俺が何かしらの提供をしたのか?

 それともこれから未来で情報を提供するだろうと断定しての事か?


 彼は懐から手帳を取り出しつつ、俺に向かってまた問いかける。



「ああそうだ。記憶喪失だと聞いているけれどもう記憶は戻っているかな?」


「いいえ、まだ全然。……ですので、話なんてする意味はないですよ。僕はまだ何も思い出していないので……」



 それは本当だ。なんせ現実と夢がごっちゃになってしまっているような状態なのだから。

 まだ思い出せてはいない。学校を卒業していたことさえ忘れて――――だからこそ、早く思い出さなくてはならないとは思う。



(……彼らはちゃんと医者と話をしていた。つまり記憶がないと分かっているだろうに……何故俺に再度確認し、話しかけてきたんだ?)



 早く聞かなくてはならない。

 彼らの為ではない。俺が思い出すためにも。


 そして現状俺もまだ危険はあるだろうから……何が起きているかも知る必要がある。


 


「……あの、話って何でしょうか」


「ああそうだね。……彼女の事は知っているか?」



 手帳に挟まっていたらしい写真を一枚取り出す。

 警察官が見せてくれたそれに、一瞬息が止まった。


 俺の態度を確認しているのだろう。三人がじっと俺の顔を見てくる。

 無表彰でいようと必死になる。表情を取り繕うのに苦労しつつも、冷静にその写真を見つめる。



(なんで……)



 そこにあったのは――――あの冬野白兎が笑っている写真だった。



 高校の卒業式だろうか、少しだけ泣いているような顔で卒業証書を手に微笑んでいる。

 友達らしき人は映ってはいないが、高校卒業したことを名残惜しんでいるのは見てとれた。


 それだけじゃない。それだけだったらここまで驚くことはない。


 写真の中にいる冬野白兎は二人いた。

 両親に海外の血でも流れているのか、そっくりの顔立ちだが瞳の色と髪色だけが全く異なっていた。


 黒髪と白髪の姿。

 ゲームで見たことのある通常白戸と闇堕ち白兎の姿が並んで笑い合っている。



「二人について何か知っていることはないか?」


「い、いいえ……あの、彼女たちは……」


「双子の姉妹だよ。夕日丘夕陽と夕日丘冬乃でね。ああ白髪の方が冬乃と言うんだが……」


「なぜ彼女たちについて聞くんですか?」


「最近になって、あるメッセージが君当てに届いてね……我々は君に調査に協力していただく必要があると思えた。だからこうしてやってきたんだ」


「メッセージ?」


「動画投稿サイトにあったものだ。今は行方不明になっていて……しかし、最近になってアカウントを新しく作り直したらしくてね……まあ見た方が早いだろう」



 調査しているうちにそれを知ったのだと言いつつも、もう一人の警察官が俺に向かって動画を見せる。


 スマホから流れてきた奇妙なノイズに眉を顰める。

 十万以上もの再生数を誇ったそれは、一分程度の短いもの。


 それは、ちょっとしたホラー映画を見ているかのようだった。



(これは……)



 部屋の一部分を映し出しているだけの映像。

 その動画には誰も登場していない。


 しかし映し出された部屋は異質だった。


 大理石のような床がおびただしい赤い血にまみれている。血は古く、赤黒い色に変色していた。

 壁が真っ赤に染まっていて、何かの息遣いが聞こえる。


 遠くから聞こえる幼い少年の笑い声。

 誰か分からない女性の甲高い悲鳴。男性の断末魔の叫びのようなもの。

 骨をぐしゃっと折ったような気味の悪い音。何かをポリポリ食べている音。


 映像が途切れる。真っ黒になって様々な音が聞こえなくなり、これで動画が終わったと思ったその時だった。



『――――約束を、思い出してね』



 一番最後。

 聞こえてくるノイズの中にまぎれた、女の子の声がする。




「……これだけですか?」


「ああそうだよ。ご丁寧に『夕青の神無月鏡夜へ』と書かれていてね。君はそのモデルになった。だから何か思い出していたら話してほしいんだ」


「あの、僕は本当に思い出していなくて……それに、悪戯かもしれないこの動画だけでわざわざここまで来るんでしょうか? 失礼ですけれど、他にも何か僕に言いたいことがあるんじゃ……」


「……ふむ、鋭いな」



 警察官たちが顔を見合わせる。

 そうして何かの決心をしたかのように言うのだ。



「調査を進めていくにあたって、夕日丘冬乃が行方不明になる直前に君に会っていたと分かった。この動画も君と話をしようと思ったきっかけではあるが、それ以外にも言いたいこと……というよりは、君に協力してほしいことがあるだけだ」


「協力とは?」



「ああ――――海里夏さんが君に会いたがっている」



 彼女は最近目を覚ましたんだが、君は海里夏さんのことを覚えているかい? と言われても、俺は首を横に振る。

 俺が思い出せるのはあの高校の海里しか分からない。だからそれに頷けるわけはない。



「体力は回復した。歩けるにはまだまだ時間がかかるかもしれないけれど……」


「車椅子でも移動は可能でしょう。協力しますよ」



 思い出せと様々な人から言われているんだ。

 動画にいた……よくわからない女の子にだって聞かれた。なら俺はそれに応えるまで。




(動画で聞こえた女の子の声は……妖精に似ているような……)



 それをちゃんと確認するためにも、今はゲーム世界にいた時からいろんなことを知っているであろう海里夏に会う必要があった。





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