第五十五話 制作現場のある謎
それは、俺の姉がとりあえずと購買にて茶を買ってくる間。
部屋の中に残った紅葉秋満が俺に詰め寄ってきたのだ。
「記憶がないという話は聞いているけれど、神無月さんには早く思い出してもらわなきゃ困るんだ」
「……記憶を思い出すのは当然だけど、何故早急に?」
「僕の姉が行方不明だからだよ」
「はっ?」
紅葉秋音が行方不明……だと?
俺と同じように昏睡状態じゃないのか。というか、行方不明ということはもしかして妖精に捕まっている状態だからじゃないのか。
でもあの妖精は魂を内部へ引き寄せたようなもの。実際俺の身体は昏睡状態でいた。情報を調べる限り他の人間もそうだ。リハビリを終えたらすぐ他の目覚めた奴らに会いに行くつもりだが……。
その妖精が、わざわざ紅葉秋音の肉体までも奪うか……?
「……なんで俺に思い出してもらわなきゃ困るんだ?」
「姉ちゃ……姉が最後にやっていたのが、夕青白だったからだ。あの謎を、あんたなら解けると……」
秋満が言うには、俺たちが作り上げた夕青制作の大半を手掛けたのが夕日丘夕陽という女だったこと。
台詞に付けられた声は俺達そのものであり、演技をしているような声ではなく、まるで日常から切り取ったような自然なものが大半だったこと。
――――秋満は、俺たちが昏睡状態になった後に夕青が個人の趣味から大いに逸脱し、夕日丘夕陽が会社を設立してゲームが販売されたことを話す。
「姉が悪女にされたこと、お前をメインにしたこと。それと場合によっては姉とくっつくルートがあることに不満しかないからな。お前が思い出したらその時は覚えてろ」
いやそれはシナリオを書いたという夕陽丘夕陽に文句を言って欲しい。しかし俺の記憶がない以上、もしかしたらそう書いてほしいといくつかアイディアを出していたかもしれないと思うと何も言うことが出来なかった。
恨みの込められた目で睨まれつつも、また秋満が説明する。
紅葉秋音は、ゲームが開発されたことは知っていた。
しかしあの夕青そのものがそれだとは知らなかったようだ――――この弟の手によって。
ただ夕青の名前と声に偶然かと思いつつもゲームプレイはしていたらしい。
そうして突然、紅葉秋音と連絡がつかなくなったという。
「そもそも姉はお前としか交流していなかったんだ。ただお前が中心になって、あのゲームが出来たようなものなんだよ。あの夕青ゲームはお前の過去の物語だと聞いている」
「っ……待て、妖精や化け物が出たアレが?」
「そこはフィクションだろ。学園生活では不穏な部分はあれど、それ以外は普通だったじゃないか。嘘と真実を交ぜ込んだゲームだと俺は聞いているぞ」
「嘘と真実……?」
そういえば、妖精は言っていたな。
ゲームによってつながったのだと。俺達はいないが、夕日丘町は真実だと。
……俺たちが昏睡状態によって妖精に囚われた後に夕青シリーズが販売された。夕日丘夕陽が死んだあと、夕青白が発売された。
制作会社は倒産。
容疑者として考えられるとされたのが初期メンバー。
初期メンバーは……調べたところによると俺、紅葉、朝比奈、未雀、星空、海里――――そして夕日丘夕陽。
しかし冬乃という人物だけは見つからなかった。冬野白兎のキャラクターに似た人物の名前だけは何かの手によって隠されたか、それとも夕日丘夕陽が何かしたのか。
夕青白のゲームでも俺たちの声がつけられていたらしい。すなわち、俺達は夕青白の新作にも関わりがあったはず。
ということはそのゲームを出さなきゃいけない理由があった?
そこから集団昏睡事件が起きたというのだから、妖精がもっと魂を求めて夕青白によって集めているのか?
しかし今は夕青白は販売禁止になっているはず。
こんなにも派手にやると危険視されるのは当然……そんな愚行を、あのいくつもの罠を仕掛け俺たちを手の平で弄び玩具にしてきた妖精がするのか?
何か他にも目的があるんじゃないのか?
「なあ、嘘と真実が交ぜられたって言ったけど、俺たちのいた町の名前は同じだったか?」
「なんだよ急に……ああ、もしかして夕日丘町だと思ったか? それは嘘で、ここは五色町だ」
「……ここは?」
「そうだ。ここは僕たちの生まれ住んでいる町。五色町と言うと夕黄がメインだったと聞いているけれど……ゲームを見る限り、地形は一緒だったな」
「そうか。じゃあ夕日丘町も似た地形と町はあるのか?」
「まあ似てるのはあるけど……急に何なんだよ……何か思い出したのか?」
「いいや。そうじゃない。とにかく――――その似た町の名前は?」
「白戸町だよ」
「……白兎?」
「違う。冬野白兎の白兎じゃない。読みは同じだけど白戸……つまり、戸外や門戸なんかで使われる方の漢字で書く。白い戸と書いて、白戸」
「そうか。それは……面白いな……」
「別に面白くもなんともないだろ」
俺の事情を知らない秋満は姉のことが気がかりなのだろう。とても深い溜息を吐いて、早く紅葉秋音に会いたいようだった。
ああでも、おそらくこれは偶然じゃないだろう。
ゲームでの関わりは現実でもあった。
舞台が変わっただけだ。もしかしたらゲームでの出来事が、俺の知らない記憶の中にも残っているかもしれない。
妖精が俺たちを監視しているという可能性が高まったともいえるが……。
早くリハビリを終えて外へ出られるようにしなくては。早く、調べなくては。
不意に、扉を派手に開けて誰かがやってきた。
よく見ればそれは先ほど購買へ向かった姉。しかしその表情は慌てている。
「鏡夜っ!」
「急に何だよ姉さん……っ」
その背後。
姉の後ろにいたのは、複数のスーツを着た男たちだった。
「神無月鏡夜さんですね? 少しお話がしたい。よろしいでしょうか?」
彼らが警察なのだと、すぐに分かった。
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