夏の夕暮れ時


 夕日は沈むもの。

 夕日は夜へ繋ぐもの。


 太陽は昇らない。夕日というのは、沈むものでしかない。


 だから私はリセットをした。

 あの状態でいるよりはいいと思えたからだった。



(私はある意味、海そのものなのかもしれないな……)



 海に反射する夕日が真っ直ぐ伸びるように。

 その道は、とても長く続いていた。


 後ろは私がいるせいか影となっていて。

 明かりもなく真っ暗で、何も見ることはできない。


 だから分かるんだ。

 そのまま後ろへ振り返って戻ることは許されない。

 戻ればきっと、私は正真正銘魂が潰れて死んでしまうと分かっているから。



 真っ直ぐ進むことが出来るその道には、様々な色が溢れていた。……色と言うよりは、何かを映し出すモニターと言った方が良いか。

 モニターから見えるのは様々な世界だ。

 ある時は夕暮れ、ある時は笑顔。そうして時折、血飛沫が飛び交った残酷な世界が混ざっている。


 真っ直ぐ続く道の周囲から見えているモニターすべてが世界へつながっているのだと気づいたのは五回目のリトライを決めてからだった。これがリトライなのだと気づいたのもその頃からだった。

 いわゆるゲームと同じだ。モニターが、私の残機そのものだったんだ。


 一回目に死んでしまうと、再びこの真っ直ぐ伸びた道の先へ戻される。

 しかし生きた世界はとっくに暗闇に包まれており、先へ進むしかない。そうして二度三度と繰り返していくと――――見えていた道の先が大きく広がっていることに気づいた。



(世界が大きくなっているのは……あの妖精が、何かしているせい?)



 でもきっと……永久に道が続くことはないだろうから、最後まで歩き続けた先で私は死ぬと分かっている。

 でもまだ死ぬことはない。

 私はいろんな世界で死んでしまうけれど、記憶はそのまま引き継がれる。何もかも受け継いで、まるで分岐点を辿って次へ進むように――――私は私なりのハッピーエンドを探している。


 私は死んでも、本当の意味で死ぬことはない。

 だから必要であれば死を選ぶ。それだけだ。


 神が私に与えてくれたのは、リセットとリトライ。それと時間を早めて生き物を腐らせる能力なだけ。スキップ機能ともいえばいいのか……。



《あーあー。リセットなんて面倒な力使っちゃいましたね? せっかくあと少しで面白いことになったのになー》



 うるさい。



《でももう二度と使えないとーっても大事な物なのに良いんですかー?》



 うるさい。喋るな。

 私の頭を覗くな。出ていけ。



《はいはい。貴方の中に入っても意味はないって分かってますからね……。でももう次はないですよ。リトライもリセットも。妖精ちゃんは裏ボスなりに良い仕事してくれましたからー!》



 これ以上私をからかわないで。不安にさせても意味はないんだからとっとと出ていけ。



《もう、つれないですねー。でも親切な私はあなたにあと少しだけ助言してあげまーす!》



 うるさいって言ってるでしょ! 出ていけ!!



《妖精ちゃんがこの世界のゲームマスターのようなものですからねー。貴方たちにとって都合の良い展開は起きませんよ。情報もいーっぱい嘘を盛り込んであげます。妖精ちゃんは優しいので真実はごく一部だけあげます。でもそれにたどり着く前に貴方たちを詰ませて死んだ方が良いと思わせてあげますからねー?》



 煩い。害虫は黙ってろ。

 早く出ていけ。何度も言わせるな。



《人間ごときが憐れんだ神の力を使う方がおかしいですけれど? だって、とっとと諦めてゲームオーバーになっちゃえばいいのに、希望を抱く方が間違ってるんですよ。神も絶望を与えて何が楽しいんですかねー? ほーら、妖精ちゃんにだけじゃなく……私たちに喰われる運命なんですよー?》



 ああもう……本当にうるさい。


 純粋で楽しそうな笑い声が頭の中で響いて頭痛がしてきそうだ。

 まるで地面にいる小さな虫を掴んで、残酷にばらばらにしてしまうような楽しげなもの。


 理性もない。本能でしか動かない。

 優しさの欠片もなく、ただ自分のために動くだけの害虫だ。



《もうあなたを逃がしませんからね。魂ごと喰ってやります。その時を楽しみにしていてくださいね?》



 ……ああ、知ってるよ。

 リセットした直後に見えたあの光の道に絶望したんだから。


 こいつが何でこんなに楽しそうなのかも、私にとっては苛立たせる要因でしかない。

 だって、良い仕事をしてきたと言ったこいつの発言は嘘偽りがない真実そのものだと知っているから。


 何をやらかしたのかは分からない。

 でもきっと、私たちにとってとても悪いものだろうと分かっている。


 夕日は沈む。

 海で出来た道は、暗く閉ざされていく。


 私が見てきたリトライへの道は――――とっくに消えているのだと知っている。

 力は時間を早める程度しか残されていない。

 でもそれは神の力だ。代償に私の寿命を早める力だ。


 もう死ぬことはできないから、慎重にやらないといけないって分かってる。


 戻ることは許されない。

 これが最後のチャンスなのだということも、私はちゃんと知っている。



《あーあー。何度も言いますけど、こんなところでリセットなんてもったいない真似しちゃってよかったんですかねー?》



 煽らないで、うざい。

 それに私はこれでよかった。神様が与えてくれたチャンスは、ある意味これで終わりで良いって思ってるから。


 だから私はあの鏡夜たちに賭けよう。バグだらけな世界に希望を見出そう。

 ……まあ、まずはあのぶっ壊れた未雀燕をぶっ飛ばすのが先だ。


 最後はアンタたちだよ。

 もう二度と悪さできないようにぶっ殺してやるから覚悟してな。



《おやおや。私たちに直接会ってもそんな軽口叩けたらいいですねー?》



 ……とりあえず、私の頭から出ていって。

 これ以上は許さないから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る