第四十二話 セーブデータを消去しますか?






 燕たちの説明を受けて大体理解が出来た。


 この世界に穴を開けて奥にいるであろう元凶を倒してハッピーエンドにしようとしている意味も分かった。

 しかし解せない部分がある。



「未雀、じゃあ何でお前は人を殺したんだ」


「必要だったからだよ」


「必要……?」


「神の目、神に使役される者――――そして、妖精に領域を侵されている者。まあいろいろとね……殺した方がやりやすかった。それだけだよ」



 未雀の言った言葉に、俺は拳を握りしめる。



「そんなことのために紅葉達を殺したのか……!?」


「事は一刻を争うんだから……邪魔な存在を切り捨てるのは当然だ」


「……そうか」



 ああそうか。ああ、そういう意味か。

 ……こいつのやっていることは、いらない道具を捨てる行為。功利主義にも似た、冷めたもの。


 海里夏が何故か俺をじっと見ているのがよく分からないが、これでようやく理解できた。

 死ねば妖精に好き勝手されるというのに殺して、それで元凶を殺せばハッピーエンドだという意味を。


 矛盾しているような行動も、全ては結果を出すためのもの。

 人が死のうが殺されようが……そんな過程なんて重要視していないのだろう。


 妖精を倒したら、元凶を殺したらすべてが終わりだと心の底から信じているようだから。



「ああ、もしかしてぐちゃぐちゃなのは二人だけじゃないのか……」


「……おい海里、今なんて言った?」


「別に」



 海里がそっぽを向いて俺の問いかけには答えない。

 しかし先ほどの呟き声は聞こえてきた。


 ――――なんだか少しだけ、嫌な予感がする。



「とりあえず、早く終わらせよう。夏」



 未雀がクリスタルの前に立って海里を呼ぶ。

 赤組が周囲をぐるっと囲み、その後方に他の生徒たちが立って様子を見ている。



(……このまま平穏に終わるわけないよな)



 ぶっちゃけて言えば、話し合いが始まってから妖精から何かしらの言動があると思っていたんだが、何もないままでいることに不安を覚える。

 考えてみればわかるだろう。監視カメラで監禁している人間たちが部屋から出て、現在監視している人間を殺しに行こうと企てをしているようなものなのだ。それを対策しない馬鹿はいないはず。


 ……それとも、妖精にとってはこのまま力を使われた方が良いというのか?



 リセット。世界を終わらせる力。

 今までの時間がなかったことにされる、最終兵器のようなもの。


 それを使わせる意味が――――妖精にもあるのだとしたら?



「なあ……ちょっといいか?」



 考えはまだ止まらない。

 しかしこのまま黙っていては未雀達によって実行されるだろう。


 特に……未雀の行動をそのままにしてやれるわけにはいかない。結果はともかく、その過程で何人が犠牲になるのか分からない状況だ。



「リセットの力を一部行使するって意味は分かった。世界に穴を開ける意味もな……でも、元凶を退治するために何か方法でもあるのか? それに俺たちが一緒に居ても足手まといだろう。ついていく必要はあるのか?」



 話しているうちに考えはまとまる。

 このまま未雀の計画に従ってやっていていいのかという疑心が大きくなる。



「この境界線の世界に穴を開けて奥へ行くよりも先に、脱出するための道を探した方が良いんじゃないか?」



「うん、正論だね。このままじゃ詰んでるから、脱出してから状況を見て……いつ来るか分からないこの妖精の世界の奥へ進める機会を待っていた方が良いかもしれない」



 ああ、嫌味か。

 未雀は俺が邪魔していると感じているのか、無表情ながらも嫌そうな声をしているというのは伝わる。



「でももう、遅いよ」



 ――――不意に、未雀が腕を振り下ろす。

 鞘にしまい込んだ剣を手に。思いっきり振り下ろした先にあるのは、あのクリスタルの結晶。


 勢いよく壊していった結晶が欠片となって散らばり、地面に転がっていく。



「お前、何を……」



 欠片が転がって、それを一つ未雀が踏み潰す。

 そうすると後方にいた生徒の一人が胸を押さえて悲鳴を上げ、倒れていく。



「っ……燕、確かに私たちはすべての罪を背負うと決めたが、これはあまりにも――――」



「陽葵、君はボクのことを信じてくれるんだろう? ハッピーエンドにしたいんだろう? なら少しだけ我慢して。……ほら夏、早く始めてくれないか」


「…………」



 まるで足元に転がっているクリスタルが人質のように見える。未雀が暴走しているというのに止められない壁となる。


 焦っているのか?

 いや、当然焦るだろう。妖精がこの話全てを聞いているとしたら……。しかし今更焦る必要がある?


 俺たちが知らない間に妖精に何かされたか?

 それとも……。



「乱暴だね。本当に。アンタ……今から蟲毒でも何でも仕上げようと思ってるんじゃないの。陽葵にとってのハッピーエンドにでもしようとしてた? あははっ、バッカじゃないの?」



 海里が笑う。

 そうして空を見上げた。



「ねえ未雀燕。アンタは何処でその情報を手に入れたの? 私たちのことも、妖精についても、そして大昔についてもさ――――」


「……それは当然、まだ妖精が介入してこなかったときに授かったものだが」


「そう。――――言っとくけどアンタのその情報、一部分間違ってるよ」


「なに……?」



 未雀が口を開こうとした瞬間だった。



「アンタの意思に従って、リセットさせてやるよ――――ただし、一部分じゃなくて全部だけどね」



 海里夏の両手から光が漏れ出る。

 まるで太陽にも似た、熱い光。オレンジ色の輝くもの。


 直視するには難しく、しかしこのままでいてはと――――戸惑っていた時だった。




「妖精の世界の奥に行っても、私たちが死ぬだけだよ。だから未雀燕の計画はどのみち死ぬしかない……。だからこれでバッドエンド。でもちょっとだけ強くてニューゲームな状態にさせてあげる。

 あのゲス妖精と同じこと言うのは癪だけどさ……早く全部思い出しなよ、鏡夜」





 視界が暗転する――――。





・・・




「……っ」



 目が覚めたというよりは、長い長い白昼夢を見ていた気分だった。



「鏡夜?」



 聞こえたのは、首を傾けた紅葉秋音の姿。

 なぜ彼女がここにいる。生きている……?



(待て……待て待て待て……)



「ここは……」


「おい大丈夫か? た、体調が悪いなら保健室でも行くか……?」


「待て。少し聞きたい」


「お、おう?」



 彼女の様子は今までと変わらない。

 あの殺される直前に見た怪物のようなものではない。普通の人間の女の子そのものだ。



 ポケットから携帯を出して日付を確認すると、時間などが遡っていた。

 ……同時に、俺の胸ポケットに違和感があった。



「っ……今日は、夕日丘高等学校の入学式か?」


「そうだけど。本当に大丈夫か、鏡夜?」




 リセット――――という言葉に、そのままの意味だと理解できた。





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