第三十九話 これより先は地獄にて
血飛沫が周囲に飛び散る。
紅葉の身体はとうに死んでしまったのだろう。死体は本物ではないからか、ボロボロと体が崩れて灰となって消えていく。
心臓に痛い光景だ。
何か息がしにくくなるような、叫び出したくなるような衝動に駆られる。
何故殺した。
なんで、死なせた。
震える身体が、その感情のままに未雀へ向かって走り出そうとした瞬間だった――――。
朝比奈の鋭い声が響く。
「燕、何故三人もの人を殺した? 私の代わりに……殺したというのか?」
「違うよ陽葵。君にやってもらうとあのハッピーエンドへ行ってしまうと思ったからね……ボクがやらなきゃならないと思ったからやったまでだよ」
荒ぶる心を静めてくれるような、小さな風が吹いたような気がした。
――――聞こえてきた言葉に、疑念を抱く。
「ハッピーエンドってなんだ。お前は何を知っている?」
「……」
「っ……そうか、そうか。話さないつもりか。義務感で人を殺したような目をして……これでよかったと思っているのか!?」
言いたいことはたくさんあった。
恨みもある。憎しみもある。怒りやら悲しみやら……まあ、感情というのはコントロールできない代物だ。
感情のままぶつけてしまっては良くないと俺は理解している。
やらなくてはならないことがある。
震える拳をゆっくりと開いて。大きく深呼吸をして。
落ち着いてきた感情に目を向けないよう必死になりつつも、彼らを見た。
「少し話し合いをした方がいい。分かるか? 俺たちに足りないのは情報共有なんだよ。お前も何かの知識を持っているんだろう?」
「……まあ、そうだね。君に知ってもらった方が早いかな。それでいいかい、陽葵?」
「当然だ。私たちは人を殺し過ぎた」
「違うよ陽葵。君は殺しなんてしていない。ボクの罪を背負わなくてもいいんだよ。それに小虎、君も悪いことをしたような罪悪感を抱かなくていい……全ての罪は、ボクのものだ」
「う……うん。わかったよ……」
ちらっと未雀が海里の方を見た。
海里は無表情のままじっとこちらを観察している。
何を考えている。何を知っている?
(俺が分かるのは紅葉から聞いていた話をまとめたノートだけだ。それ以外にも何かあるということか……ならそれは、嘘でないとするなら……)
俺はまだ何が起きているのか知らない。教えられた情報が正しいかどうか検証することすら難しい。
あの星空天に女神が憑りついているとかなんとか言われたこともあったが、それは自分の目で見なければ信じることが出来ない。
信じられる情報であるとは限らない。
しかし、今はそれ以外の手はないだろうと歯ぎしりする。
ああくそっ。そもそも入学式の時までの記憶を失っている己の頭に苛立つ。
記憶があった頃の俺は信じていたらしいが、今の俺は信じ切れない。
心の底から信じられるのは、それ相応の情報を示して、ちゃんとそれを現実に見せてくれたことぐらい。
人をたやすく殺した未雀がいる赤組の情報は嘘の可能性も高い。裏切る可能性が高い赤組を信じなければいけない展開だ。
(でも、俺たちを裏切る行為は――――彼らにとってもメリットはない)
紅葉の情報はこれから先の一年間でどのような敵が出てくるのかについて。それと青組の人間について。
冬野白兎は元福の神でありラスボスであり、死なせてはならない存在だということぐらいか。
海里夏については呪われているということぐらいしか分からない。
――――おそらくだが、紅葉秋音の情報はありきたりなことしか書いていないのだ。
ホラーゲームの世界だとするならば、表面上の情報程度しか載っていないにも値する。
だから、その裏を知っているかもしれない彼らの言葉を聞く意味はある。
それを信じるかどうかは、今後によるだろうと結論付けた。それだけだ。
「……クリスタルについて話そう」
未雀が口を開く。
他の生徒たちもその声に耳を傾ける。
「アレを防衛する価値はちゃんとある。詳しくは上級生の先輩方から聞いてよ。とりあえずアレは僕たちの生命力にして魂そのものだ――――でもそれと同じく、遺物も混入されているんだよ」
「いぶつ……だと?」
「ああ。妖精が言っていただろう? ……魔防結晶というものに包まれる。あのクリスタルは妖精の一部だ。すなわちボクたちの命や魂を、妖精の体そのものによって包むという意味になるんだ」
「っ――――それはすなわち」
「ああ、妖精はボク達の魂を返す時、自らの一部も混入しているんだよ」
絶句する。
あまりの気味の悪さに、吐き気がする。
他の生徒たちだって異様な説明に口に手を当てて驚いている者もいた。
「境界線の世界に呼ばれるたびに、ボクたちは全員妖精の一部分を魂に混ぜて戻されていた。当然死ねば魂は好き勝手に弄られる……そうして頭の中を覗かれるんだよ。だから本当は……知識なんて、持たない方が良いんだ。忘れていた方が良い。この世界に呼ばれるたびに妖精に頭を覗かれて一部分を植え付けられ、余計な知識があれば対策されるからね」
「は、はは……それはまるで、寄生虫だな」
「そうだね」
つまり、俺の中にも妖精の一部があるということか。
それがいるから記憶を失ったのか。死んでいたはずの桜坂春臣が神社前にいたのは――――アレの中身が、妖精だったからか。
しかし疑問点もあった。
「境界線の世界はあの世とこの世の境目だ。それをはっきりと定義するためにクリスタルを使って防衛すると言っていた……らしいが、対策するということは、勝たせないということか? 負けさせることが、妖精の目的だと?」
「言ったでしょ? 死ねば魂は好き勝手に弄られるんだよ」
未雀が空を見上げた。
「妖精の目的は――――己をこの夕日丘の境界線の世界へ縛り付けた神を殺すこと。この世界を作り上げた神を殺すことだけなんだ。無理やり境界線の世界を守らせようとする世界の神へ向けて、反撃すること。そのために夕日丘高等学校の生徒を利用して滅茶苦茶にしようとしているんだよ」
「……妖精の力の一部を植え付けてか?」
「外を見るためにはそうするぐらいしか方法がないともいえるね。それと同じく、この世界に長く留まれば魂がクリスタル……すなわち、魔防結晶の器と混ざって妖精の影響が大きくなるんだよ。だからここへ連れてきたんだろう。死んでも構わないと思ったんだろう」
これは、信じていい内容なのか。
いやしかし……嘘を言っている目には見えなかった。
無表情にして無感情そうな目だが、本気で言っているように感じた。
「ルールを破れば存在することはできない。人間以下の無力になり下がる。それはあの人間の身体を借りても何も出来なかったアカネ神を見ればわかると思うけど……」
「…………」
「大昔――――神々を怒らせた妖精がいた。全ての権能を奪い、ルールを侵してしまった。だからこの境界線の世界に縛り付けられたんだ」
「……それは、何処の情報だ」
嘘をついていないなら、その情報自体が嘘の可能性もある。
妖精が頭を覗いて魂を弄れる……おそらく、記憶を弄ることが出来るのだとすれば、頭の中にある知識は偽りの可能性もある。
それを信じることはできない。
「大丈夫、ボクの頭の中の情報じゃない。これは昔、君が喋ってくれた内容だよ。これは記憶じゃない、頭を弄られる以前の君の記録そのものだ」
「……はっ?」
ある一冊のノートを見せてきた。
古ぼけたノートはまるで、紅葉秋音が書いていたあの情報ノートに似ていたように感じた。
「神無月鏡夜、ホラーゲームに転生させられたと話してくれた……青色の主人公である君のことだよ」
それはいろんな意味で信じられなかった。
しかし根拠もないまま信じるも否もないと――――わかってはいるんだ。
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