第三十五話 夕赤が紡ぐプロローグ







 周辺を確認した陽葵が襲い掛かってくる化け物共を退治し、他のクラスの生徒たちが何かしらやっていた頃。

 夕暮れを過ぎて――――時刻は夜。


 月明かりが空を照らす。

 しかし人の気配はあまりにも少なく、生き物の動く音すら何も聞こえないほど不気味に満ち溢れていた。



 懐中電灯などで明かりを照らした校庭内はいくつかのテントを設置し、それぞれのクラス、男女ごとに分かれて寝泊まりできるようにされていた。

 一応は校舎内の保健室などでも寝れるようベッドを使うつもりではあったが、ある程度離れた瞬間襲い掛かる可能性が高いと判断し集まることになったのだった。



 物資調達の中に入っていたデパートに陳列されていた弁当を温めそれぞれに配る。

 そのうちのおにぎりのみを手にした陽葵は、離れた場所で彼らの様子を見ていた。

 限られた休憩時間。いつまた化け物が襲い掛かるか分からない状況の中、赤組の生徒以外にも青組などが手を上げて監視に乗り出してくれた。

 鏡夜たちによって何かが来たらすぐに分かる音トラップも仕掛けられている。そのため全てを見張る必要はない。


 だからこうして陽葵は気を抜いて休息をとっていたのだ。



「……青組に犠牲者が出たか。……やはり、殺すべきは妖精か?」


「陽葵、言葉には気を付けて。ここは妖精の領域だと言っていた。何処で聞いているのかは分からないんだ」



 燕の言葉に陽葵が頷く。

 ココアを飲みつつ、言葉は紡がれる。



「クリスタルを砕くのは駄目と言ったが、何故なのか聞いても?」


「ああ、上級生のアレか……クリスタルはいわゆる生命力を凝縮したもの……だったか。ノートにもそう書かれているし、傷つけてはいけないのは本当だよ」


「奴らはとっくに砕いてしまったようだが?」


「砕かれたクリスタルを触らなければいいんだ。あの大きなクリスタルは触っても色が変わらないだろう? つまり己の魂はあそこにあるということ。砕かれたクリスタルに触れば肉体と繋ぎ合わされるらしい……。己の物だと定義されなければ大丈夫。それに……先輩たちはもう駄目かな」


「なに?」


「何度も己の命を砕いて傷つけて逃げてきたんだ。寿命を縮める行為だし、魂を粉々に砕く行為でもあるんだよ。だから化け物に一度でも食われたら……ああ、もう手遅れだよ……」



 ノートをぺらぺらとめくって調べながらも話す燕に陽葵は頷く。

 二人犠牲になったが、もしかしたらそのあとすぐに死んでしまうかもと理解する。



「……まあ、妖精が死んだらどうなるかは分からないけれどね」


「妖精か」


「この世界へ連れてきた元凶だし、化け物共を妖精が操っているようにも見えるし……ほら、陽葵もそう思うだろう?」


「そうだな」



 陽葵は考えていた。

 太陽が出ていた間に聞いた妖精の声。


 戦いを促そうとする楽し気なもの。

 逃げることを許さず、クリスタルを砕いた者たちに化け物をけしかけたような行動。



「……燕、妖精に対しいくつか手を打ちたい……何か知っているか?」


「知っているというか記録はしているけれど……でも難しいよ」


「何でもいい。燕の言葉を信じよう」



 陽葵の言葉に燕は笑う。

 あまり理由を言わなくとも、陽葵はそれを信じて動くだろうと理解している顔だった。


 そうして――――ノートを閉じて、空を見上げながらも言うのだ。




「この世界はホラーゲームの世界だ」


「それは中学生の時に聞いたな」


「ああ、そこは覚えているんだね……じゃあ、ホラーゲームを無理やり終わらせるためにはどうする?」


「む?」


「ゲームは主人公が生き残ることだけがクリア条件だった。ゲームオーバーは主人公が死んでしまったからだった。――――妖精にとって、出来の良い玩具が勝手に壊れるのはあまりよろしくないらしいから、そこを叩こう」


「……私に人殺しをしろと?」


「いいや――――夕黄……黄組の星空天に喧嘩を売ってくればいい。神無月鏡夜を巻き込む形でね。すべてが終わったら、後は自分がやるよ」


「喧嘩……か……」


「無理だったら皆に頼む?」


「いや、それはいい」



 燕の指示の通りに――――陽葵は黄組を見たのだった。




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