第二十五話 呼び起こされた記憶







『境界線の世界。そして切り裂かれた空間の奥にいる化け物の真実を俺は知っている』



 ぼんやりと、頭の中で響く声がする。

 目の前にいる燕の声が遠のいて――――まるで幻聴の方が本物のように感じてしまうんだ。

 

 床に座り込んで、頭をギュッと押さえ込む。

 それでも痛みは消えない。


 これは一体、誰の声だ。

 幼い少年の声だけれど――――その割には大人びた口調ではっきりと話す。


 自慢しているようにも感じた。

 しかし、何かに怯えているようにも聞こえた。


 なんだか理解不能な生き物が現実にあるのだと理解して興奮するようなものにも感じる。



『ゲームとは違うと思っていたけれど……なんだか同じなんだ。だからこのままじゃ冬乃姉さんは連れていかれる。本来の物語が始まってしまう』




 冷静だった彼の声が途中で切り替わった。

 それと同時に何か雪のような肌寒さを感じた。


 幻聴だけじゃない。感覚全てが狂っている。

 ぐるぐると歪む視界が霞んで――――何かの幻覚が見えた。

 まるで夢の中にいるような気分だ。


 そこにいたのは小学校低学年ぐらいの小さな男の子だった。

 鏡夜に似た顔立ちをした子だった。将来有望そうな可愛らしい顔立ちをした子供が、必死にこちらの肩を揺さぶってくるんだ。



『燕のせいで全部めちゃくちゃだ! 秋音、お前まで巻き込まれなくていい! 早く縁切りをするために五色町へ逃げろ!』



 燕のせいってなに?

 何があったの?


 どうしてそんなに怒っているの?



『俺が普通に死ぬ程度なら――――それならまだ良い方だ。冬乃姉さんのように連れていかれたらそれが最後だ。……それに、あいつは前世の頃からずっと俺のことを見ていた。だから行動パターンなんて全て知ってる。俺が思うままに行動したらすべてが終わる』



 親指の爪を噛みながら、鏡夜は悔しそうに考えている。



『燕は陽葵が傍にいる。だから余計なことはしないだろう……。天はもう縁切りしてるから大丈夫だ。でも……夏は……』



 何があったのか聞きたい。

 でも聞けない。口を開くことはできない。


 言葉を詰まらせた鏡夜が首を横に振って、自らの両頬をパチリと強く叩いてこちらを見た。



『ここはホラーゲームの世界だ。でも敵は複数いた』




 ――――私は、何をしたらいいんだろう。





・・・





 冷や汗と共に目が覚めた。

 知らない天井に、知らない部屋の独特な匂いがする。



(そうだ……わたし……ちがう、俺は……何をやって……)



 身体を起こして周りを見ると、椅子に座って時計と窓の外を確認している燕の姿が見えた。

 彼は俺が起きたことにほっと安堵をしたらしく、無表情ながらも声だけは優し気に言ってきたのだ。



「体調は大丈夫?」


「う、ん……」


「今までのことをちゃんと覚えているかな?」


「ああ、覚えているよ……俺は、写真と神社の名前を聞いて……」


「何か見た? それとも何かを聞いた?」


「聞いたというか……」



 言おうとして、口を開いた。

 でもふと思ったんだ。鏡夜が言っていた内容に――――『燕のせいで滅茶苦茶になった』ってなかったかと。



「どうしたの?」


「ああいや……その、なんか気持ち悪くて。頭が痛くて……」



 気まずげに燕から視線を逸らして窓がある方を見る。

 燕はそんな俺の態度を気にしてはいないらしく、ただいつもの無感情のまま言うのだ。



「……頭痛がしているなら……もう話さない方がいいね」


「え?」


「妖精が見ている可能性が高い。たぶんそろそろゲームが始まるんだろう……」



 早く戻ろうと燕が言ってくる。

 荷物も大量にあった。このまま死んでしまったら何が起きるのか分からないから、陽葵が守ってくれるであろう校庭できちんと考える必要があった。



「戻ろう。それでやることがいっぱいある」


「ああ。そうだね」



 先ほど見たあの記憶が嘘でないのなら鏡夜にも話したい。

 でもこれは――――話していいことなのだろうか。それに鏡夜は俺を心の底から信じているとは思えないから、大丈夫なのかと不安にもなる。


 というか妖精が見ているという燕の言葉を信じた方がいいのか?



(駄目だ。疑心暗鬼になる……)



 絶対に安全であろう夕黄の天に相談した方がいいかもしれない。

 あいつは傍観気味だけれど……巻き込まれたのは一緒なのだから、あいつが危ない目に遭うんじゃなくて俺が動くのなら助言くらいはまたしてくれるだろう。アカネは……気まぐれかもしれないが……。



(鏡夜に会いたい……)



 会って安心したい。

 何故かそういう感情ばかりが込み上げてくる。鏡夜に執着染みた感情を抱いているのは自覚しているけれど、これが偽りの物なのか本来の俺の感情なのかすら分からなくなっていく。


 頭が痛い。


 足取りも重く、でも化け物には遭遇せず。

 ただひたすら無言で歩き続けた。




「あれ? 鏡夜たちもう帰ってきてるね」


「えっ?」




 ――――前を真っ直ぐ見た先にいたのは、血まみれになった鏡夜たちの姿だった。





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