第6話 同級生×ヤバい奴

お昼ご飯を食べ終えた僕とお姉ちゃんはリビングでテレビを見ながら寛いでいると、インターホンが鳴り響いた。

お父さんから郵便が届くという話は聞いていない。が、もしかするとお父さんへの客人という可能性もある。

「僕が出るよ。」

お姉ちゃんに出られてもこちらとしては困るだけだ。

僕は急いでソファーから立ち上がって、玄関に向かう。

誰かと、玄関を開けてみると、そこに居たのは見覚えのある顔だった。

小さなツインテールに重めのパッツンの前髪。大きくて二重の瞳で僕を見ていた。春先らしいワンピースが、体の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。


「——名機……さん? 」


名機 美瑠。今年同じクラスになった子だ。手には丁度ノートが入るくらいのバックを持っている。

名機さんは言いにくそうにモジモジしながら僕に言った。

「あ、あの……笹月くん。少しいい、かな。」

なぜ名機さんが僕の家を尋ねたのか分からないけれど、どうやら折いった話があるらしい。

そもそも、わざわざ休日に押しかけてくる時点で、何か特別な理由があるんだろう。

僕は訳が分からなかったけれど、とりあえず家の中に入れる事にした。その時、僕はすっかり忘れていたんだ。今僕の家にお姉ちゃんがいることを……。

「こんなところじゃ何だし、上がってよ。」

「ありがとう、笹月くん。お邪魔します。」

リビングに案内しようとドアを開けた瞬間、僕の目の前に飛び込んできたのはお姉ちゃんのお腹だった。

「優くーん! 」

「うわあ! 」

ギューッと抱きしめられる僕。すぐ背後には目を丸くする名機さんがいた。お姉ちゃんは名機さんの存在に気づかないまま、僕を抱きしめる。

「んー!んー!!!」

「お姉ちゃん思い付いたんだけどね、この後お姉ちゃんと一緒に……って、ありゃ? 」

やっと僕の後ろにいる名機さんの存在に気付いたらしい。

ゆっくりと僕から離れてあんぐりと口を空けている名機さんを見た。

僕の背後に視線を向けて、目をぱちくりさせるお姉ちゃん。


「笹月くん、今その人お姉ちゃんって……。」


名機さんの言葉に、僕の心臓は飛び跳ねる。

やばい!この人が危険人物だと世界に広まってしまう!!

というかその前に、僕が女子高生を家に呼んでる気持ち悪いやつになる!

もしもそんな噂が学校中に広まったら、僕の人生が!!!

とりあえず、警察だけは呼ばないで貰わなくちゃ!!

などと、思考がこんがらがりながら、僕は慌てて名機さんの方を振り返る。

「あ、いや、その……違うんだ名機さん!この人は……!」

なんでだろう。僕にはもう、色々手遅れになってきた様な気がする。

名機さんを見て、ポカンと口を開くお姉ちゃんと、慌てふためく僕。

ああ、もしかして僕の人生、ここでジ・エンドってやつ!?

名機さんは、一瞬戸惑った後口を開けた。

「さ、笹月くん……その人ってお姉さん? 」


——しまった、シスコンだと思われてる……!!

この後の言葉は分かりきっているのだ。

「え、お姉ちゃんと抱きしめ合うって、笹月くんってシスコン、って事?それはちょっと……」

というセリフと、侮蔑の目線。

今の図は、お姉ちゃんとイチャイチャしている小学生だ。

こんな事がクラスでバレたら……。

『アイツ、自分家の姉ちゃんと抱き合ってるんだぜ』

『何それー、シスコンじゃん』

『きもっ!』

いや、最後はシンプル悪口!

このままじゃ、僕の小学校生活がぁー!

「違うよ、この人は……近所のお姉ちゃんだよ!」

いや、それもそれで誤解を産むじゃないか〜!何自分から墓穴掘ってるんだ、僕!!

ダラダラと滝のような汗を流しながらすぐさま弁解した僕を見て、名機さんはクスッと笑みを見せた。

口元に手を当てて、あははと笑い声を出す。

小さな花がいっぱいに咲き誇るような、愛らしい笑顔だった。


「そんなに焦らなくてもいいよ。仲良いんだなって思っただけ。初めまして、私、名機美瑠って言います! 」


名機さんは、お姉ちゃんに向かって、ぺこりとお辞儀をした。

小学生とは思えない礼儀正しい姿を見て、お姉ちゃんも合わせるように一礼する。


「初めまして、私は優くんのお姉ちゃんです!まあ、血も繋がって無いし、住んでる場所も違うけど……。私の事は気軽にお姉ちゃんって呼んで欲しいなー。」

名機さんは、顔を上げてから「じゃあお姉さんで」と笑顔で返した。

なんて、理解力のある子なんだ……とクラスメイトながら感心しつつ、僕は名機さんをリビングに案内する。

先程片付けたばかりのカレーの香りがまだ少しだけ残っていた。


リビングにあるソファーに腰を下ろした名機さんとお姉ちゃんは楽しそうに会話を弾ませる。

「美瑠ちゃんは優くんの同級生なのかな?」

「はい、クラスが同じで……。」

「そうなんだ!学校の優くんってどんな感じなの?」

「そうですね……割と忘れ物が多いイメージです。その度に先生におこられたり。この前は、次の授業の教科書を間違えたりもしてて……」

「やっ、やめてよ名機さん……!」

お茶を準備していた僕が知らない間に、変な情報がお姉ちゃんの耳に届いている!?

おい、なんだ相槌を打ちながらスマートフォンに何を書いてるんだ!名機さんから他に何を聞き出そうとしているんだ!!

くそっ、名機さんの悪気ゼロ悪意ゼロな笑顔の前だと僕は無力だ……。

はあ、とため息を漏らしながら僕はお茶の準備を進める。


「それから、友達の前だと少し格好良く見えますね。いつもはしゃいでいるお友達のお兄さんみたいな感じで。お姉さんの前だと学校とは打って変わって、可愛いって感じですけど。なんだからこっちの方が、素の笹月くんって感じがして、私はいいと思います。」

「かっこいい優くん!?見たい見たーい!」


名機さんのトーク力は凄まじいものだった。

初対面であんな事があったというのに、名機さんはにこにこと笑顔でお姉ちゃんと会話を弾ませている。

お姉ちゃんもお姉ちゃんで、女子高生としてきちんとした佇まいを見せていた。

良かった。最初はどうなる事やらと思ったけれど、お姉ちゃんもちゃんと場をわきまえる事が出来るらしい。

心の中で僕が安堵していると、名機さんは「あ。」と何かを見つけたらしい。

パタパタとスリッパを鳴らして近付いたのは、テレビの横だった。

ゆっくり屈んで、何かをしているようだけれど、背中に隠れていて上手く見えない。

「これ、コンセントが抜けそうなので、直しておきますね。」

それは延長コードのコンセントだった。

放っておいたら、火事になりかねない。僕は、優しい名機さんに向かってありがとうと伝える。

「ありがとう、名機さん。」

すると、名機さんは、「いいんだよ。」と首を横に振った。

「それから、私の事は美瑠って呼んでくれると嬉しいな。」

女の子の名前を呼ぶなんて、恥ずかしいけれどお姉ちゃんにも優しくしてくれたし気配りも出来る、とってもいい子だ。

そんな子が、そう呼んで欲しいと言っているのだから断る理由が無い。

あんまり話した事はなかったけれど、彼女がこんなにいい人なら、もっと前から仲良くなりたかったな、なんて思いつつ、僕は笑顔で笑って見せた。


「うん、美瑠ちゃん。」


僕がそう笑って答えると、名機さん改めてら美瑠ちゃんは一瞬口を開けた後すぐに閉じた。

「……。」

美瑠ちゃんは、僕と顔を合わせてから、おもむろに立ち上がってドアへと足を動かす。

若干早足だった様子で、「そういえば、この後用事あるんだったー! 」とドアノブに手をかける。

なんだか様子がおかしい。僕は何かあったのかなと心配そうに声をかけた。

「近くまで送ろうか? 」

すると、美瑠ちゃんは首をブンブンと大きく横に振ってから僕の方を向く。

「大丈夫だよー。あ、また学校でね。」

僕が答えるより先に、美瑠ちゃんはドアを閉める。

目にも止まらぬ速さで、美瑠ちゃんはパタパタと玄関に向かう。

彼女を追うように僕も玄関に行ったけれど、もうそこに彼女の姿はなかった。

随分と早い帰りだったなぁ、なんて思いながら誰も居なくなった玄関を眺めていると、横からひょっこりとお姉ちゃんが顔を覗かせる。


「……あれ、もう帰っちゃったかー。もうすこしゆっくりしていけば良かったのになあ。」

「いや、ここ僕の家なんですけど?」



ふと、我に返ってみると、一つの疑問が浮かんだ。

「そういえば、どうして僕の家に来たんだろう……。」

もしかしたら、何か大事な用でもあったのかもしれない。

学校に行ったら、聞いてみよう。

そんな事を思いながら、僕はお姉ちゃんとの勉強を再開するのだった。









それは、誰も知らないここだけの話。

優太の心配を他所に、息を荒立てながら外を歩く少女がここに一人。

「……はぁ。はぁ。」

早歩きで歩いていた足を止め、誰も居ない道端で彼女はニヤリと笑みを浮かべていた。

「危ない、危ない。まさか優太くんがあんな笑顔を向けてくるなんて……。そんな事したら私、私——。」

下を向いていた顔をグンと、高く上げて彼女は叫んだ。


「もぉーっと優太くんの事、好きになっちゃうよー!!!」


両手で頬を包みながら、興奮気味に笑った彼女。

はあ、はあ、と荒い鼻息のまま、ポケットから何かを取り出した。それを耳の穴に入れると、何かが口からこぼれ落ちる。

彼女は、ヨダレを垂れ流している事なんて、眼中になかった。

ただ、耳元から流れる生活音を聞くことだけに必死だったから。


『……お、お姉ちゃん……。勉強しないと……いや、そうじゃなくて! だから——』


少年らしき声を聴きながら、彼女は誰に言うでもなく呟いた。

「この盗聴器、買うの大変だったんだよねー。お金もかかったし、お母さんからお小遣い前借りしちゃったし。でも、ちゃんとコンセントに仕込めたし。優太くんも気付かないだろうなー。うふふ。」

イヤホンが繋がれている箱を、ポケットから取り出してダイアルをクルクル回した。


「最初はどうなるかと思ったけど心配なさそう。だって、私なんかよりよっぽど優太くんの方が——変態、だもんね♡」


少年は、まだ知る由もない。

家に招き上げた名機美瑠という人間が、ストーカーだった事に。

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